一つの交通事故から、高齢社会に横たわる課題を見た思いがした。
「タクシーが暴走する事故があり人をはねたようだ。けが人が複数いるかもしれない」
スマホでそんな連絡を受けたのは、初任地・福岡に赴任して1カ月がたとうとしていた2024年5月の夜だ。急いで同僚らと警察署や現場に向かった。
事故は、若者たちでにぎわう市内の繁華街で起きた。タクシー運転手は70代の高齢男性で、歩行者5人をはねたあと電柱に衝突して停止。乗客2人も含め7人がけがをした。
その後の警察取材で、運転手が長時間の乗務をした後で事故を起こしていたことがわかった。もし乗務の長さと事故との間に関係があれば、今後、同様の事故を防ぐヒントになるかもしれない。実際にどんな勤務の状況だったのか詳しく知りたいと、九州運輸局にタクシー会社が作成した事故報告書を開示請求した。
それによると、事故は乗務開始から約17時間後に起きていたこと、事故の原因は運転手がアクセルとブレーキを踏み間違えたことなどがわかった。
運転手の勤務形態は、1日おきに休日を取る「隔日勤務」だった。乗務する日は未明から、途中3時間の休憩を挟んで夜まで働くスタイルだという。
拘束時間の上限は、国の基準で22時間と定められている。年齢の制限はなく、運転手の勤務形態に問題はない。
ただ、17時間という数字はどうしても気になった。通勤時間や準備時間などを考えると、起床時からはさらに時間が経っているはず。私であれば、集中力は切れ、そろそろ眠くなってくるころかもしれない。
「休みを取りながら働けるので、慣れていればきつくない」
「正直、危ないと思う」
ほかのタクシー運転手たちの意見はさまざまだった。疲労には個人差があり、乗務時間の長さが今回の事故にどれだけ影響したのか、正確にはわからない。
ただ、運転手は70代の高齢者。年齢を重ねれば体力や持久力、判断力が衰えるのは自然なことだ。乗務時間の上限に年齢を考慮せず、一律に適用してしまう国の基準でいいのか。疑問だった。
業界の高齢化は著しい。福岡県内の法人タクシー運転手は24年3月時点で65歳以上が過半数を占めている。
高齢ドライバーが活躍し続けられる環境づくりをしつつ、タクシーという交通インフラの安全をどう確保するのか。高齢社会に即した対応が求められているのではないかと考えさせられた。(西部報道センター・中村有紀子、2024年入社、事件担当)
鄭重声明:本文の著作権は原作者に帰属します。記事の転載は情報の伝達のみを目的としており、投資の助言を構成するものではありません。もし侵害行為があれば、すぐにご連絡ください。修正または削除いたします。ありがとうございます。