ノーベル文学賞に韓国作家ハン・ガンさん(53)が決まった。韓国人の同賞受賞は初めてで、アジア人女性作家としても初めて。国内でも多数の邦訳が出ており、ファンも多い。韓国出身の翻訳家すんみさん(38)は「繊細な視点で、韓国という国の持つ痛みと世界をつなげている。評価されたことをうれしく思う」と受賞を喜ぶ。(飯田樹与)

ハン・ガンさん=2016年、K-BOOK振興会提供

◆韓国の近現代について「喪失感を描いてきた」

 ハンさんは韓国南西部の光州市出身。9歳でソウルに移った数カ月後の1980年、民主化を求める市民らが虐殺される「光州事件」が起きた。「彼女は事件後の不穏な雰囲気の中で、韓国の近現代の痛みを肌で感じながら生きてきた。デビュー当初から一貫して痛みを伴う喪失感を描いてきた」とすんみさん。  光州事件を扱った「少年が来る」や、朝鮮戦争前後に済州(チェジュ)島で起きた島民大量虐殺「4・3事件」をテーマとした「別れを告げない」など、自国の負の歴史と向き合ってきた。「個人の痛みというより、社会で共通する痛みとして掘り下げてきた」。すんみさんによると、韓国には光州事件などの内情を否定するような勢力もあるという。その中で書くのは「困難な作業だったと思う」。  「彼女は人間に降りかかる暴力を描き続け、その中でも弱い存在である女性の痛みを通じ、世界の痛みを再現してきた。そういう視点を持つ作家が、アジア女性として初めてノーベル文学賞を受賞したことは、私にとっても大きな喜び。受賞を機に、さらに広く読まれてほしい」と、すんみさんは呼び掛けた。    ◇

◆「K文学」への共感、日本でも広がる

 【ソウル=木下大資】韓国初のノーベル文学賞の受賞が決まったハン・ガンさん(53)は、日本や欧米圏で多くの作品が翻訳されており、近年勢いを増す韓国文学を代表する女性作家の一人だ。  2007年に韓国で出版された代表作「菜食主義者」は、妻がある夢を見たことをきっかけに肉を食べることを拒否し、徐々に衰えていく物語を通じ、社会の暴力性を描いた小説だ。

◆歴史的事件を取り上げ、人間の内面を省察

 11年に同作を邦訳出版した東京の出版社CUON(クオン)代表の金承福(キム・スンボク)さん(55)は「彼女の文体はすごく詩的で力がある。人間が持っている暴力性などが、韓国の男性作家の力強さとはまた違った、しなやかな美しい表現で描かれている」と語る。  光州事件の舞台となった南西部光州(クァンジュ)の出身。同事件を題材にした14年の作品「少年が来る」のほか、韓国の独立前後に多くの民間人が虐殺された「済州4・3事件」を扱った作品「別れを告げない」(21年)もある。歴史的事件を取り上げながらも、人間の内面を省察する視点から描く作風は一貫している。

◆「弱い人に目を背けない」

 金さんは年に数回、渡韓して日本の読者からの反響を伝えるなど、ハンさんと交流を重ねる。最近も、夫を亡くして失意に沈みながら作品を読んで元気になったという高齢女性からの手紙を翻訳して届けたところ、本人が返事を書いたという。「彼女は弱い人に目を背けず、共感する」  受賞決定に、金さんは「歴史的なトラウマ(心的外傷)や弱い人たちを大事にする作品世界が、多くの人の共感を得て読まれるようになることがうれしい」と語った。  日本では19年にチョ・ナムジュさん著「82年生まれ、キム・ジヨン」がヒットしたのを機に、韓国発の「K文学」への注目が高まった。韓国で2010年代半ばに活性化したフェミニズムと相まって女性の書き手が活躍しており、日本の読者の共感を呼んでいる。 

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