「人生100年を前提にした老後の資金計画や保険の価格設定は過大になる可能性が高い」。こんな内容の研究結果が米科学誌で発表された。日本政府は「2007年生まれの子供が107歳まで生きる確率は50%」という海外の研究に注目し、働き方や教育、社会保障のあり方を検討してきた。しかし、研究は「21世紀中に寿命が急激に延びることはありえない」と指摘する。政策の前提を覆すような研究のインパクトは。(森本智之)

◆長寿国を分析「近年は伸び鈍化」

 研究結果は7日、米イリノイ大などの研究チームがネイチャーエイジングに発表した。それによると、日本、スイス、韓国といった長寿国など10の国と地域のデータを分析。1990年~2019年の約30年で寿命は平均6.5歳延びたが、近年は鈍化しており、今世紀中に100歳まで生きる人の割合は女性15%、男性で5%を超えることはない、と結論づけた。

祖父と孫(イメージ)

 研究では、世界各国の年齢別・男女別死亡率から最も低い値をかき集めた「理想的な長寿国家」の平均寿命を算出すると、2019年生まれ女性で88.68歳、男性83.17歳だった。日本人の2023年の平均寿命は女性87.14歳、男性は81.09歳。仮に平均寿命が110歳に達するとすると、7割が100歳まで生きる必要があり、現在の死因のほとんどを克服しなければならないという。

◆「107歳まで50%」推計でブームに

 結果を見る限り、100歳まで生きるのは「普通」のこととは言い難そうだ。しかし、日本では第2次安倍政権の看板施策として2017年に「人生100年時代構想会議」が設置され、超長寿社会を前提にした政策づくりが諮られてきた。

「人生100年時代構想会議」の初会合であいさつする安倍首相(当時、右から2人目)。左から3人目はリンダ・グラットン氏=2017年9月、首相官邸で

 火付け役となったのは、同会議の有識者議員も務めたリンダ・グラットン英ロンドンビジネススクール教授。自著「ライフ・シフト」で「日本で2007年生まれの子供が107歳まで生きる確率は50%」との推計を紹介したことで「人生100年時代ブーム」が起きた。

◆「何歳まで生きるか分からない」不安

 2019年には金融庁の審議会が年金だけでは長い老後の資金が大幅に不足すると試算した「老後2000万円問題」も発生。いまや、金融業界のウェブサイトを開けば、人生100年の資産形成をうたった生命保険や金融商品がめじろ推しだ。  こうした動きに水を差すような研究内容をどう考えるべきか。金融機関系シンクタンクのあるアナリストは「老後資金の問題は、『自分は何歳まで生きるか分からない』という不確実性の不安が根本にある。日本では資産を多く残したまま亡くなる人が多いと言われるのはそのためだろう。ある程度寿命の限界が分かるなら老後資金のあり方について議論があっても良いのでは」と受け止める。

◆「少子高齢化」は今後も大きな課題

 東洋大の高野龍昭教授(高齢者福祉)は「研究の内容を踏まえれば、『100歳まで生きるのが当然だから老後資金が必要』だと過度に思いすぎる必要はなくなったと言える」と話す。  その上で「とはいえ、日本の医療水準は高く、寿命はある程度まで延びるだろう。100年とは言わずとも、老後の生活設計をある程度考える必要はある」と長寿を前提とした対応の必要性を指摘し、続ける。「さらに(高齢化の限界が見えたとしても)国際的にも希有(けう)なレベルで少子化の問題は抱えたまま、解決策は見えていない。高齢者福祉の費用をどう負担していくのか、持続的な社会保障制度をどう構築していくかは相変わらず課題であることは間違いない」 

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