4つの島、7つの蔵の「GI東京島酒」=千代田区で
◆島内の水を使い、島内で発酵・蒸留・瓶詰め
GIは、地域特性を生かしてつくられている農産品や酒類などの品質を国が保証する制度。フランスのシャンパーニュ地方で一定の基準や品質を満たしたワインだけが「シャンパン」と名乗れるように、「正しい産地」であることと「一定の基準」を満たして生産されたことを示す。酒類のGI指定は国税庁が担う。 今回指定された東京島酒の条件は、原料に麦こうじや国産のサツマイモ、島内の水を使い、島内で発酵や蒸留、瓶詰めの工程を行うことなどで、商品を出しているのは伊豆大島、新島、青ケ島、八丈島の4島の7つの蔵。共通する特徴として、麦の香ばしさや草木を思わせる清涼感があり、やさしく軽快な後口に静かなコクとうまみが含まれる。 焼酎のGI指定は2005年以来の18年ぶりで、東京都は初めて。全国では「壱岐焼酎」「球磨焼酎」「薩摩焼酎」「琉球泡盛」に次ぎ5件目となった。◆150年造り継がれた味
(上列左から)谷口酒造の「御神火 芋」、宮原の「七福嶋自慢」、青ケ島酒造の「あおちゅう」、樫立酒造の「島の華」(下列左から)八丈興発の「麦冠情け嶋」、坂下酒造の「黒潮」、八丈島酒造の「島流し」
伊豆諸島で焼酎が製造されたのは江戸時代。4島のうち八丈島は政治犯や思想犯の「島流し」の先で、高い教養を持った人も多かったという。焼酎を伝えたのは1853年に流罪になった薩摩出身の貿易商丹宗庄右衛門(たんそう・しょうえもん)だと記録が残る。 八丈島では米が育ちにくく、庄右衛門が故郷の知見に基づき、救荒作物だったサツマイモから酒を造る方法を教えた。当時、伊豆諸島でサツマイモの栽培が広まりつつあったこともあり、製法は他の島にも波及したという。麦こうじを使い始めた時期は不明だが、遅くとも明治後期までには麦こうじの製法が確立していたとみられるという。 ほとんどが各島内の消費に限られ、2000年代に第3次焼酎ブームが起きるまでの150年間、地元で大切に造り継がれてきた。◆「GIをきっかけに海外に販路拡大を」
大勢の人が参加したGI東京島酒のイベント=千代田区で
東京国税局は9月、有楽町で酒販業者ら約200人を招いて島酒を紹介するキックオフイベントを開催。「黒潮」の蔵元として参加した八丈島の坂下酒造の代表取締役沖山範夫さんは「近年は酒の消費量も減り、国内だけの販売ではだめだ。GIをきっかけに海外への販路拡大につなげたい」と目標を語った。 ◇ 都の島しょ地域・伊豆諸島と小笠原諸島で「食」にまつわる話題が相次ぎました。東京の「島物語」を2日続けてお届けします。 ◆文・小沢慧一/写真・池田まみ ◆紙面へのご意見、ご要望は「t-hatsu@tokyo-np.co.jp」へメールでお願いします。 鄭重声明:本文の著作権は原作者に帰属します。記事の転載は情報の伝達のみを目的としており、投資の助言を構成するものではありません。もし侵害行為があれば、すぐにご連絡ください。修正または削除いたします。ありがとうございます。