自民党総裁選の間、石川県の能登地方は悲鳴を上げていた。年始の地震に加え、今度は記録的豪雨に見舞われ、河川の氾濫などに翻弄(ほんろう)された。二重の被災は過去にも生じたところ。自然相手とはいえ、被害に歯止めをかける術(すべ)はなかったか。どう教訓にすべきか。新総裁肝いりの「防災省」ができれば状況が変わるのか。1日で地震発生から9カ月。節目に考えた。(山田雄之、山田祐一郎)

大雨による冠水から1週間後、石川県輪島市で片付けに追われる住民ら

◆輪島・珠洲で観測史上1位の記録的豪雨

 「土砂降りで川から濁流があふれ出ていた。停電で水道も止まり、気が気でなかった」。能登に豪雨が直撃したさなか、能登半島先端の珠洲市にいた金沢大の五十嵐正博名誉教授(75)はそう振り返った。  仮設住宅で暮らす知人らに会うため、金沢市の自宅から9月19日に能登へ出向いた。雨脚が強まったのが20日深夜。「屋根や窓ガラスを強くたたく雨音と雷鳴で寝られなかった」。21日昼にいったん雨が弱まると何とか帰宅の途に。道路脇には大きな流木が連なり、「どうして」と驚いた。  能登では21日を中心に記録的豪雨に見舞われた。同日の降水量は輪島で361.5ミリ、珠洲で272ミリと観測史上1位を更新した。五十嵐氏は声を絞り出す。「こんなひどい仕打ちが続くなんて、あんまりだ」

豪雨で川が氾濫した石川県輪島市門前町=9月22日(ドローンから)

◆権力闘争の真っただ中で…

当時、中央政界は権力闘争の真っただ中にあり、立憲民主党の代表選は23日に、自民党の総裁選は27日に投開票日を迎えた。  能登では28日に2人の遺体が見つかり、死者は13人に。30日の県の発表などによると、行方不明1人、連絡が取れない安否不明3人、けが人は47人。仮設住宅での床上浸水は209戸、避難所に身を寄せる住民は計448人に上る。  秋雨前線の活発化でもたらされた大雨。金沢地方気象台の担当者は、線状降水帯が能登の北部に発生したと語るが「なぜ急に現れたか現時点で分からない」。

安否不明者を捜索する警察官ら=9月22日、石川県輪島市で、本社ヘリ「わかづる」から

 豪雨は河川などにも影響を及ぼした。国土交通省北陸地方整備局によると、30日までに石川県内で27河川が氾濫、土砂災害は42カ所で起きたことを確認した。

◆地震で「土砂ダム」6河川14カ所に

 かねて能登では「地震後の豪雨」による被害が危ぶまれていた。理由の一つが、1月の地震による土砂崩れで川の流れがせき止められて水がたまる「土砂ダム」の存在だ。雨で増水してあふれると土石流が発生する恐れがあり、下流の集落への影響が懸念された。  整備局によると、震災後には6河川14カ所にできた一方、今回は7カ所で崩れたことを確認した。これまでブロックを積み上げ、仮の排水路を設けるなど応急的な対策を取ってきたが、担当者は「記録的な雨量で想定を超えた」と漏らす。  「今後はハード面だけでなく、監視体制や情報発信の強化など逃げるためのソフト面の対策も必要だ」

◆緩んだ地盤、倒木が川に流れ込んで水かさが…

 能登は平野部が少なく、小さい川が多いことを一因とみるのは金沢大の谷口健司教授(河川工学)。「地震で護岸や堤防などが被災して機能が低下した可能性もあるが、あまりにも雨量が多かった。短時間で雨が集まり、一気に水かさが増したのではないか」

河川の氾濫で押し寄せた大量の流木=9月21日、石川県輪島市門前町で

 北陸地方整備局によると、今回は橋などにたまった流木が水かさを上昇させた事例が複数確認された。担当者は「震災で地盤が緩んでおり、雨で多くの木が倒れて流れ込んだ可能性がある。上流で食い止められたら被害を軽減できたかもしれない」と語り、今後の対策として、水は止めず流木を食い止める「透過型」の設備の導入を検討する必要性について言及した。

◆新潟中越地震、熊本地震でも土砂災害

 「地震と豪雨」による被害は過去にも生じた。  2004年10月に発生した新潟県中越地震は、約3800カ所で斜面崩壊が起きたほか、崩れた土砂が川をせき止める河道閉塞(へいそく)(土砂ダム)が多数発生。地震発生直前に台風23号による影響で大雨が降ったため、旧山古志村(現長岡市)の一部で住宅が水没し、全村避難した。

土砂崩れで川がせき止められ、あふれた水が流れ込んだ集落=2004年10月、新潟県山古志村で、本社ヘリ「わかづる」から

 16年4月の熊本地震では崖崩れや地滑りといった土砂被害が190件発生した一方、同年6月の大雨で新たな土砂被害に見舞われ、昨年7月の大雨では地震を起こした活断層周辺で土砂災害が起きた。熊本県危機管理防災課の担当者は「地震の被害を受けた地域では、斜面に亀裂が生じているなど崩れやすくなっている。いまだに影響は残っている」と話す。  能登の豪雨では年始の地震の被災者が身を寄せる仮設住宅が浸水した。平地が少ないことから、ハザードマップの浸水想定区域に建設されており、地震直後から水害が危惧されていた。

◆複合災害への備え、検討求める提言はあったが…

 かねて問題視された二重の被災を巡り、政府はどう対応してきたのか。  国の防災基本計画では、地震災害時の二次災害、複合災害の防止のための国や地方自治体の役割を定めている。2021年には有識者のワーキンググループが、地震後の水害など複合災害のシナリオを検討することなどを求める提言を取りまとめている。  ただ防災基本計画を所管する内閣府の担当者は「複合災害は検討する条件が多種多様となる。まずはそれぞれの単独災害にどう対応するか検討する必要がある」と現状を説明する。

財務省

◆復興・復旧「コスト削減ありき」の財務省

 東京女子大の広瀬弘忠名誉教授(災害リスク学)は「研究者でも大雨による水害と地震の被害を関連づけて実証的に研究した例は少なく、住民に対して一般的な情報しか提供できていない」と話す。  その上で「原発災害も含め、災害を複合的な視点で見なければいけない時代なのに、一つ一つの災害が切り離されて考えられているのが現状だ」と議論が進まない状況を説明する。  この先、二重の被災を巡る対処には、能登の復旧・復興支援と、今回の経験を検証した上での防災強化が求められる。  ところが、政府の姿勢は心もとない。  財務省は4月、能登の復旧・復興について「維持管理コストを念頭に置き、集約的なまちづくりを」と打ち出し、「コスト削減ありき」の支援をにおわせた。

1月のオンライン記者会見で「マイナカードを持って避難を」と語っていた河野デジタル相

◆地震時に機能しなかった、マイナカードをまた?

 検証の姿勢にも疑問符が付く。マイナンバーカードを使った被災者の状況把握が能登半島地震で機能しなかったにもかかわらず、河野太郎デジタル相は6月、能登の課題を踏まえた取り組みとして、マイナカードによる避難者支援の必要性を訴えた。  東北大大学院の河村和徳准教授(政治学)は政府の姿勢に疑問を呈し「コストやマイナカードは行政効率の問題。創造的な復興とは異なる」と指摘する。  「(能登と金沢方面をつなぐ)のと里山海道は、地震で崩れた箇所のすぐ近くが豪雨で崩落した。使うべき所にお金を使っていないという問題が今回、改めて露呈した」と強調する。

◆「都市型政党化が進んだ」自民党、トップ交代でどう変わるのか

 能登が災害で苦しむ間、自民党総裁選で石破茂新総裁が誕生した。「防災省」といった防災専門の省庁設置を訴えた石破氏について、河村氏は「自民党は都市型政党化が進み、防災政策について岸田文雄首相は存在感を示すことはなかった。石破氏の選出は地方の期待だと言える」と話す。

総裁選後に開かれた両院議員総会の壇上でポーズをとる石破茂氏(中央右)や岸田文雄氏(同左)=9月27日、東京・永田町の党本部で(佐藤哲紀撮影)

 一方で「防災省によって防災、減災はできても、能登に若者をどう呼び戻すことができるかは別問題」と述べ、能登の支援や今後の検証についてかじ取りを注視すべきだと説いた。

◆デスクメモ

 石破氏は総裁選で「全ての人に安心と安全を」と防災強化を掲げた。一方で総選挙の時期については「(衆院を)すぐ解散しますと言わない」と述べた。だが総裁になると「すぐ総選挙」に転じた。自らの利を感じたら前言撤回もいとわず、か。安心安全も二の次にされないか心配になる。 (榊) 

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