地域に残る「産業遺跡」を活用し、国内では珍しい夏イチゴの生産が宇都宮市で広がっている。夏イチゴの潜在需要は多く、市場価格は冬イチゴを大きく超える。生産にかかるエネルギーの面でも効率的な栽培方法だと評価されている。(重政紀元)

 宇都宮市北西部の大谷地区で18日、新しい農業用ハウス「CHIKA(チカ)―BERRY(ベリー) FARM(ファーム)」がお披露目された。約12アールに夏イチゴ7千株を植え、来期に年間2トンの生産を目指す。

 イチゴは、ケーキやお菓子の材料として1年を通して需要があるが、暑さに弱い。国内生産量は冬イチゴが16万トン弱に対し、夏イチゴは3千トン程度。夏場は、生鮮イチゴだけで毎年約3千トン輸入している。

 地域商社のファーマーズ・フォレスト(同市)とともにハウスを建設した総合建設コンサルティングの八千代エンジニヤリング(東京)の山中健二郎・事業開発本部長は「夏場のイチゴの希少性は高い。生産を安定させて付加価値を上げ、規模拡大したい」と意気込む。

 都道府県別のイチゴ出荷量で36年連続1位を続ける栃木県内でも、そのほとんどは冬イチゴだ。県は那須などで夏イチゴの普及を図ってきたが、「猛暑が続く異常気象で、栽培戸数は伸び悩んでいる」(生産振興課)。

 国内で夏イチゴをつくっているのは、猛暑を避けられる標高800メートル以上の高地がほとんどだ。どうして同140~160メートルの大谷地区で育てられるのか――。カギとなるのは、旧帝国ホテルの建材に使われるなど地区特産だった「大谷石」だ。

 採掘区域は東西約3キロ、南北約5.5キロ。現在はほとんど採掘されておらず、深いものは地下100メートルに及ぶ広大な産業遺跡だ。跡地にたまる地下水は年間を通して10度前後に保たれている。

 宇都宮市はこの地下水と外気の温度差をエネルギーとして活用しようと、2014年ごろから民間企業や大学と研究を始め、目を付けたのがイチゴ栽培だった。

 形の整った大きなイチゴをつくるには、20~25度にする必要がある。ハウス全体をこの温度にする必要はなく、イチゴの株元の温度を調整することで効果が出るという。

 イチゴの株元や植えた土壌内に、地下水を循環させるチューブを通すことで、夏場は温度を下げることができる。逆に冬は外気より高い水温が暖房効果をもたらす。

 16年度からこのシステムによる栽培が開始。新設のCHIKA―BERRY FARMの「CHIKA」とは、地下水を使うこのシステムが由来だ。

 地下水をつかったこのシステムの最大の利点は環境面にある。市の調査では、電気などで冷却する方法と比べ、エネルギー消費量がほぼ半減。二酸化炭素の排出も6割以上減らせるという。

 もう一つの利点は経済面。夏イチゴの市場価格は冬イチゴの1・7~2倍あり、市は「農家の所得向上や農業振興につながる」(農林生産流通課)と期待する。

 昨年度に同地区で生産された夏イチゴは18トン。事業開始から4・5倍になった。生産者数もスタート時の2から6まで伸びている。

 地区でつくる夏イチゴは県が開発した「なつおとめ」。糖分と酸味の比率がよく、光沢ある外観や切断面の見栄えがいいと評価されている。「大谷夏いちご」の名称でブランド化が進む。

 地区最大の28アールの夏イチゴ用ハウスを持つ「JBファーム」は有名ケーキ店やザ・リッツ・カールトン日光などの高級ホテルに卸している。杉山和夫農場長は「全国から問い合わせがあるが、いまは需要に対して供給が追いつかない。ハウスの増設を急いでいる」と話す。

 課題もある。市農林生産流通課によると、想定を上回る近年の夏場の異常高温で、生育不良、収量低下、病気発生のリスクが高まっている。地下水の量はまだ利用拡大の余地はあるが、地上部での農地確保が難しくなっている。

 大谷地区の振興を所管する市大谷振興室の北條倭さんは「気候変動に対応できる最適な栽培環境を見つけるため、温度や湿度、二酸化炭素濃度を24時間測定し、データを共有している。増産に向けた課題を一つ一つ解決し、地区全体の活性化につなげたい」と話す。

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