大手鉄道会社で、安全性に関わるデータを改ざんする不正が相次いで発覚している。列車の車輪に車軸をはめ込む作業を巡り、JR貨物で基準値を超える圧力がかけられたのに基準値内に収めたように数値を書き換えていたことが判明したのを受け、国土交通省は全国の鉄道事業者に緊急点検を指示。JR東日本や東京都交通局、東京メトロ、京王電鉄などが、同様の改ざんのあった事実を認めた。データ不正ではここ数年、三菱電機やトヨタ自動車、川崎重工業など日本を代表する大手メーカーが厳しく指弾されてきた。なぜ、これまで自浄作用が働かなかったのか。(嶋田昭浩)

 輪軸組み立ての不正 JR貨物は10日、車両の車輪に車軸をはめる組み立て作業で、基準値を超える圧力をかけながらデータを改ざんするなどの不正が判明したと発表。11日には全ての貨物列車の運行を一時停止して確認し、不正行為の対象は機関車4両、貨車627両に及ぶとした。国土交通省は全国の鉄道事業者に緊急点検を指示。東京都交通局やJR東日本なども不正があったと認めた。

貨車の「輪軸」(JR貨物提供)

◆重要な部品の「基準値」があいまい

 今回、問題になっているのは「輪軸(りんじく)」。車輪の中央の穴に車軸をはめ込んで組み立てられ、車両の重さを支えて走行させる極めて大事な部品だ。穴の内径より軸の直径の方がわずかに大きいため、押し込む際に強い力をかける。ただ、強すぎれば微細な傷が付いて破断の原因になりかねず、弱すぎれば車軸が緩んで外れる恐れがある。適度な力が必要で、各社は基準値を定めている。  「基準値はあるにはあったが、組み立てをする車両所の機械に貼った紙や、担当者同士のマニュアルにだけ記されており、統一された社内通達とは言えない。基準値を超えた場合にどうするかも明確ではなく、口頭だけで伝えられてきた」とJR貨物の担当者。「基準」のとらえ方がおろそかだったと反省する。

輪軸組み立て作業のイメージ(東京メトロ提供)

 基準値を超えた輪軸が使用不可となれば、廃棄して作り直すこととなり、二度手間となる上にその後の作業が滞ってしまう。「コストも気になった」と話す作業員もいて、こうした意識がデータ改ざんにつながった可能性がある。

◆改ざんに「違和感や疑問を持たなかった」

 把握できた2011年以降で225本の不正が判明した東京メトロでは「新しく入る作業員に指導員から口頭で伝承され、作業員は書き換え(改ざん)に違和感や疑問を持たなかった」と荻野智久・車両部長。  各社とも、徒弟制のような形で受け継がれる専門性の高い仕事だけに、先輩の指示に異を唱えるのは難しかったとみられている。  3年前、三菱電機が鉄道車両用空調装置の検査で実際と異なるデータを記入するなどの不正が発覚し、批判を浴びた。鉄道各社も足元のあしき慣例を改める機会になったはずだ。

7月にJR山陽線で脱線事故を起こしたEF210形電気機関車341号機=2023年12月、東京都府中市のJR武蔵野線で

◆「わが事として考えられなかった」

 「ニュースでは知っていても、わが事として考えられなかった。うちは大丈夫かと省みる感受性が大切なのに…」とJR貨物の管理職。今後は、作業と同時に自動的にデータが出力されて事後の書き換えが不可能な機器の導入を検討する。同時に、現場の実情が上層部へ伝わる組織内の風通しのよさも求められるという。  JR貨物の今回の不正は、7月にJR山陽線で起きた新型機関車の車軸折損事故を機に社内調査を進める中で申告があったとされる。犬飼新(しん)JR貨物社長は東京新聞に「上の指示に下が従うのではなく、現場が主体的に取り組んで積極的に発信できる企業風土を築いていきたい」と語った。

◆専門家「絶対に超えてはならない危険値を明確に」

 松本陽(あきら)・元運輸安全委員会鉄道部会長の話 各社の基準値が定められてから年数が経過しており、基準値から外れた場合にどの程度危険なのか、現場も管理者も経営陣も、理解していない。直ちに全列車を止めるような対応より、冷静な取り組みが必要だ。科学的・技術的に危険性を研究し、基準値を現状に合わせて見直し、決して許されないデータ改ざんの土壌をなくす。その際、絶対に超えてはならない危険値を明確にして、社内教育で徹底することも不可欠だ。本当の危険が共有されれば、組織の中で(収益を生まない)検査の大切さが理解される。 

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