「被爆体験者」は、長崎市に原爆が投下された際、爆心地から12キロ以内にいながら国が定める地域の外にいた人で、「被爆者」と比べて国からの手当や医療費の助成などに差があります。
岸田総理大臣は先月、被爆体験者について合理的な解決策を検討する考えを示し、厚生労働省が地元の自治体などと協議してきました。
そして21日朝、岸田総理大臣は、総理大臣公邸で、武見厚生労働大臣とともに、長崎県の大石知事、長崎市の鈴木市長と会談したあと、被爆体験者への医療費の助成を拡大し、被爆者と同等の助成を行う事業を創設すると発表しました。
厚生労働省によりますと、被爆体験者は「原爆の放射線による直接的な身体への影響はない」とされ、医療費の助成を受けるには被爆を体験したことによるうつ病や不眠症などの精神的な疾患があることが条件となっています。
今回の発表では、これを緩和し、狭心症や心筋梗塞、それにがんなど幅広い病気について、精神的な疾患がなくても助成の対象にする方針だとしています。
対象になれば、被爆体験者の医療費の窓口負担は原則なくなるということです。
厚生労働省は、年内のできるだけ早い時期に始められるよう、長崎県や長崎市と詳細な事業設計の検討を急ぐ考えです。
一方、9月に長崎地方裁判所が一部の被爆体験者を被爆者と認定した判決について、国は過去の判例との整合性がとれないなどとして、控訴する考えを示しました。
長崎 知事と市長 控訴する考えについて「苦渋の決断」
長崎の「被爆体験者」について国が医療費助成を拡大する方針を示した一方、判決については控訴する考えを明らかにしたことを受け、長崎県の大石知事と長崎市の鈴木市長が都内で会見を開きました。
このうち、長崎県の大石知事は「苦渋の決断ではあるが控訴することになり、心から申し訳なく思っている。上級審の判断を踏まえて統一的な基準が確立すれば救済範囲の拡大につながると判断した。一方で、国が示した支援策は、これまで限定的だった医療費の助成事業を改めて、被爆体験者の健康不安に寄り添うもので、ありがたく受け止めている」と述べました。
また、長崎市の鈴木市長は「医療費助成が抜本的に拡充されるなど、被爆体験者全体の救済が大きく前進した内容で、その点については評価をしている。一方で、被爆体験者の願いは、『被爆者』として認定されることだと重々承知している。その気持ちを考えると、控訴を断念できなかったことは被爆体験者などに申し訳ない気持ちでいっぱいだ」と話していました。
そのうえで、長崎県と長崎市は、控訴に至った考えや、新たな支援事業などについて被爆体験者に直接説明する場を近く設けたいとしています。
原告側も控訴する考え
長崎地方裁判所が「被爆体験者」の一部を被爆者と認めた判決について、岸田総理大臣が控訴せざるを得ないという考えを明らかにしたことに対し、原告の「被爆体験者」たちは国の方針に強く抗議したうえで、原告側としても控訴する考えを示しました。
今月9日、長崎地方裁判所が「被爆体験者」の一部を被爆者と認めた判決について、21日朝、岸田総理大臣は控訴せざるを得ないという考えを明らかにし、長崎県の大石知事と長崎市の鈴木市長も控訴する方針を発表しました。
これを受けて、21日午後、原告の「被爆体験者」や支援者たちが長崎市内で会見を開きました。
この中で、原告団長の岩永千代子さんは、「控訴する方針に異論を言う人はいないので、もうやるしかないと思っている。私たちは被爆した人に対する行政のあり方が余りにも不合理で間違っていることを小さな声かもしれないが訴えたい」と述べ、国の控訴の方針に強く抗議したうえで、原告側としても控訴する考えを示しました。
また、岸田総理大臣がすべての「被爆体験者」を対象に被爆者と同等の医療費の助成を行う事業を創設する方針を発表したことについて、岩永さんは「国の援護事業がはじめから間違っていたことを反省してほしい。お情けでもらうような医療費の助成の制度拡充はいらない。市や県は『ありがたい』と言うが、『何を言っているのか』と情けない気持ちだ」と非難しました。
原告側は控訴期限の今月24日に控訴する方針です。
「被爆地域」とは
長崎県の被爆地域は昭和32年に爆心地から5キロの自治体と、当時の長崎市の全域が指定され、原爆が投下された時にこの地域にいた人などは「被爆者」と認定されました。
ただ、地域外の周辺住民などからは対象地域の拡大を求める声が強く、昭和49年と51年の2回にわたって、当初の被爆地域に隣接する一部の地域が「健康診断特例区域」に指定され、被爆者と同様の健康診断を受けることができるようになりました。
この地域に住む人は、健康診断で造血機能や肝臓機能、細胞の増殖機能に障害があるなど11の疾病があると診断された場合、被爆者と認定されて被爆者健康手帳が交付されました。
一方で被爆地域の拡大については、昭和55年に当時の厚生大臣の諮問機関が「被爆地域の拡大を行うことは新たな不公平を生み出す」として、「科学的・合理的な根拠のある場合に限定して行うべき」だとしました。
そして平成14年に、厚生労働省が爆心地から12キロにいた人たちが訴えている健康被害について、「原爆の放射線の直接的な影響は考えがたく、被爆体験による不安に基づく可能性が高い」との見解を示し、これに基づいて、この地域の人たちは「被爆体験者」とされ、「被爆者」とは認定されていません。
「被爆体験者」への支援 現状は
「被爆体験者」は、長崎市に原爆が投下された時、爆心地から12キロ圏内にいたものの、国が定める地域の外だったため被爆者として認められておらず、「被爆者健康手帳」を交付されていない人たちです。
被爆者健康手帳が交付されると、医療費や介護保険サービスの自己負担分がすべて公費で賄われます。
また、がんや、肝硬変、糖尿病など特定の疾患にかかった場合、健康管理のための手当として月に3万6900円が支給されます。
さらに、病気が原爆の放射線によるもので治療が必要だとされた場合は、「原爆症」と認定され特別手当として月におよそ15万円が支給されます。
一方で、被爆体験者は「原爆の放射線による直接的な身体への影響はない」とされ、医療費や介護保健サービスは自己負担です。
ただ、被爆の体験が精神上の健康に悪影響を与えている事例があるとして、うつ病やパニック障害、不眠症などのほか、それに伴って狭心症や心筋梗塞などの合併症を発症した場合は、医療費を助成しています。
また、去年4月からは胃がんなど7種類のがんについても医療費を助成する対象に追加しました。
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