日中両政府は20日、東京電力福島第1原発の処理水海洋放出を巡り、中国が全面停止してきた日本産水産物の輸入を再開する方針で合意したと発表した。退陣間際の岸田文雄首相は、対中外交で成果を残そうと踏み込んだ。中国は処理水の危険性を強調して日本非難の包囲網形成を図ったものの広がらず、かえって自国産品の買い控えを招いた。中国の水産業界からは解禁への期待と不安の声が上がった。(北京・石井宏樹、河北彬光)

◆退陣間際の岸田首相は、外交成果を強調

 「中国と一定の認識を共有し、基準に合致した日本産水産物の輸入を着実に回復させることになった」。首相は20日、記者団にこう胸を張った。

記者団の取材に応じる岸田首相=20日、首相官邸で(佐藤哲紀撮影)

 中国は処理水を「汚染水」と呼んで放出に反対し、昨年8月に放出が始まると、即座に日本産水産品の輸入を全面的に禁止した。中国内で官製メディアを総動員して危険性を強調したため、北京市内の日本料理店は客足が途絶え、店主は「日本産の方がおいしいが仕方ない」と中国産への切り替えを余儀なくされた。

◆中国は「深刻な懸念」表明し続けたが…

 中国政府は同時に反対の国際世論をつくり上げようと宣伝工作を展開してきた。  ロシアは中国に続いて昨年10月に輸入制限を開始し、今年5月の中ロ首脳会談の共同声明で、両首脳が「汚染水」排出への「深刻な懸念」を表明して日本をけん制した。このほか、北朝鮮やベネズエラが首脳会談や国連総会の場で中国に追随する態度を示してきた。  中国はひそかに韓国が追随することを期待していたとみられるが、対日関係を重視する尹錫悦(ユンソンニョル)政権が放出を事実上容認する姿勢を早々と示した。韓国外交筋は「韓国内で不満はあったが、日本政府や国際原子力機関(IAEA)の科学的説明に歩調を合わせた」と語った。

◆主要国が追随せず、振り上げた拳は…

 日本政府関係者は「韓国の容認は日本にとって大きかった」と強調。「主要国が追随の動きを見せなかったため、中国も振り上げた拳の下ろし方が分からなくなっていった」と分析する。

中国・大連で7月末、かつて日本産を扱ってきた海産物販売店に並ぶ他産地の鮮魚。人気の本マグロは「西班牙」(スペイン)の産地表示(左上)が掲げられていた(河北彬光撮影)

 水産関係者によると、「食の安全」問題をあおった中国では、コロナ禍後の不況と重なって、中国産水産物の消費が低迷している。日本のモニタリング結果が安全基準を下回り続ける中、国内メディアの報道も下火になり、一般市民の関心も急速に低下していった。  日中間の合意では、中国側が独立したサンプリング等のモニタリング活動を実施後、基準に合致した日本産水産物の輸入を回復させるとされた。日本外務省は「局面が変わった」と期待。一方、中国外務省の毛寧(もうねい)副報道局長は会見で「中国側がただちに全面的に日本産水産品の輸入を再開させることを意味しない」とくぎを刺した。再開の道筋は示されたものの、技術面の詰めの調整はこれからで、現時点で具体的な再開時期は見えていない。

◆輸入再開、期待と不安が交錯する日中の水産業界

 中国に進出する日系水産会社の幹部は「大きな前進だと受け止めている。日本側もうまくことを運び、中国側も意固地にならずに動いた。再開に向けて準備を進めていきたい」と歓迎する。一方、過去に日本産の海産物を取り扱ってきた中国の水産販売会社の経営者は「正直、わくわくしているというよりも、再開されるまでどのぐらい時間がかかるのかが気がかりだ」と不安を口にした。 

鄭重声明:本文の著作権は原作者に帰属します。記事の転載は情報の伝達のみを目的としており、投資の助言を構成するものではありません。もし侵害行為があれば、すぐにご連絡ください。修正または削除いたします。ありがとうございます。