「稼げる大学」を体現する仕組みとして政府が始めた「国際卓越研究大学」の制度。認定校の運営を巡り、外部の関与を強める方針が示された。重要事項を決める際、学外者の賛同を必須とするという。外部の関与が強まり、自治が損なわれると、権力の意をくむ「御用機関化」が加速しかねず、他の大学に広まる危惧も。そんな話を進めていいものか。(山田雄之、曽田晋太郎)

国際卓越研究大学に関する政府の資料。「学外構成員による賛成を議決の要件とする」と記される

◆運営方針に「学外委員の賛同」課す

 「『だまし討ち』の大学政策にNo! 学外者による大学支配を貫徹させる方針の撤回を求めます!」  大学教授や弁護士らでつくる「『稼げる大学』法の廃止を求める大学横断ネットワーク」が今月、こんなタイトルの声明を出した。  向ける先は文部科学省。国際卓越研究大の運営方針を決議する際は学外委員の賛同を必ず得るという方針が3月に示されると、声明で危機感をあらわにした。

◆年に数百億円を支援「卓越研究大」

 ネットワークの呼びかけ人の一人で京都大の駒込武教授(教育史)は、学外委員が拒めば話が進まなくなるとし「『拒否権』を認めることになりかねない。運営方針を決める場が学外委員の意向にお墨付きを与えるだけになれば大学のガバナンスは崩壊する」と語る。

「安全保障技術研究推進制度」の廃止を要請する緊急署名について発言する学識者ら=参院議員会館で

 国際卓越研究大は国が国公私立大の数校を認定し、研究環境の整備を後押しする制度。10兆円規模の基金を設立し、年約3000億円の運用益を上げて1校当たり年数百億円を支援する。2022年12月に初回の公募があり、東北大が初の認定候補に選定された。本年度中に助成が始まるという。

◆「委員」任命には文科相の承認が

 文科省の資料によれば、国際卓越研究大に認定されるためには、大学の運営方針を決定する合議体を設けることになっている。東北大のような国立大学法人は「運営方針会議」を置く。学長と3人以上の委員で構成し、委員は文科相が承認の上で学長が任命する。  駒込氏らが問題視するのは、文科省が示した運営方針会議などのあり方だ。資料には「構成員の半数以上を学外構成員とする」「学外構成員による賛成を議決の要件とする」とある。

文部科学省

 文科省は「客観性を担保する方法例」とするが、外部の関与を強めると強い副作用を招きかねない。

◆拒否権付与で組織改編など大ナタも

 問題の一つは、運営に関わる学外委員の人選だ。委員の承認に関わる文科相の意向に沿う形になった場合などには懸念が浮かぶ。駒込氏は「政財界の要望が組織内部から通される恐れがある」と危惧する。  「学外委員の賛同必須」「拒否権付与」となればさらなる恐れが待つという。  同じくネットワークで呼びかけ人の滋賀県立大の河かおる准教授(朝鮮近代史)は「大学の構成員の意向が全く反映されない状況が生まれかねない」と述べ、「外部の構成員が強い権限を持てば、組織改編などの大なたが振るわれる可能性がある」とも口にする。  国際卓越研究大の認定が見込まれるのは、現時点で東北大のみ。ただ先の脅威は、他の大学にも波及する可能性があるという。

◆国会での議論は希薄「だまし討ちだ」

 河氏は昨年末に国立大学法人法が改正された際、国際卓越研究大以外でも一定規模以上の国立大の場合、運営方針会議を設けることになった点に触れ、「学外委員の賛同必須」などについても「国際卓越研究大に認定されていない大学に広がっていく可能性がある」と不安を口にした。

参院予算委で答弁する盛山文科相(右)と席へ戻る岸田首相

 一方で文科省の担当者は東京新聞「こちら特報部」の取材に「学外構成員を複数配置すれば1人が反対しても議決は通る。拒否権という言葉は誤解がある」と話す。  文科省は今回の方針について、国際卓越研究大学法の施行規則と基本方針の改正での明文化を検討。5月6日までパブリックコメントを募集しているが、国会での議論は乏しかった。  先の駒込氏は「国際卓越研究大学法などの審議過程で議論が尽くされるべき方針だった。法律に明文化されていれば必ず議論になった」とし「施行規則などで対応するのは国会を軽視しており、私たちに対するだまし討ちだ」と憤る。

◆多様な分野の研究に欠かせない「自治」

 駒込氏らのネットワークなどは29日に緊急シンポジウムを東京大赤門総合研究棟(東京都文京区)で開き、方針の見直しを求める。  では本来、大学と政府はどんな関係であるべきか。  明治学院大の石原俊教授(社会学)は「西側先進諸国では近代以降、大学の自治が認められてきた。日本でも憲法が定める学問の自由に基づき保障されてきた」と説く。自治が大切なのは、外部の意向に忖度(そんたく)せず、多様な分野で教育や研究を深めるという点で欠かせないからだという。  小泉政権時代の2004年に国立大が法人化され、大学経営の効率化が求められるようになった。国が大学に配分する運営費交付金が減額され、競争原理が色濃く反映されるように。各大学には経営協議会が設置され、外部委員が入ることにもなった。

◆安倍政権で進んだ介入、国家主義化

 「当時は世界的に改革の流れがあり、選択と集中を進める小泉構造改革の一環だった」。そう解説する石原氏は「第2次安倍政権以降、大学の自治の掘り崩しが進んできた」と語る。

安倍晋三元首相(資料写真)

 典型例が、14年に成立した改正学校教育法など。大学の学長権限を強化する一方、多くの大学で実質的な意思決定を担っていた教授会の役割を制限。学長選考に外部委員が複数入る仕組みになった。「教授会の役割を制限することで大学の各部局から内部統制上の権限を奪い、外部から政府の意向を反映できるように介入が強められた」  その上で「第2次安倍政権以降、大学のガバナンス改革が進められ、自治を抑圧する大学改革の国家主義化が進んでいる。国際卓越研究大はまさにそれを象徴している」と続ける。

◆意をくむ大学には「ご褒美」も

 「服従の罠(わな)」は他にもある。昨今は政府の意をくむ研究を手厚く支援し、政府が好む大学へと変容させるかのような動きが目立つ。例えば、困難でも実現すれば大きな成果が見込まれる研究を推進する「ムーンショット型研究開発制度」、宇宙分野の技術開発などを支援する「宇宙戦略基金」、軍事技術に応用可能な基礎研究に費用を助成する「安全保障技術研究推進制度」などがある。  石原氏は「防衛関係の研究費はうなぎ上りに増えるが、一般の科学研究費は増えていない。研究資金の過剰なまでの偏在化はかえって全体の研究体力を奪う。間違ったやり方の選択と集中。国の方針転換が必要なのは明白だ」と強調する。

◆稼いで何をするか「ビジョンがない」

 東京大大学院の隠岐さや香教授(科学史・教育史)は「最近の経済安全保障をみても、安保とイノベーションが混ざって大学に下りてくる流れがあり、そのために大学も変わるべきだという雰囲気は、学問の自由に抵触する恐れがあり、危険だ」と指摘する。  「上からお金が下りてきて国のやりたい雰囲気に誘導しており、このままでは歯止めが利かなくなる」  隠岐氏は「教職員や学生ら弱い立場の人間の意見も取り入れて初めてバランスの取れた大学運営ができる」と唱え、政府が誘導しようとする「稼げる大学」については「稼いで何をするかビジョンがない。どこに行くのかよく分からない危険性を認識すべきだ」と警鐘を鳴らす。

◆デスクメモ

 「重要な話は誰かの賛同を得ねばならない」という運営方式は副作用が大きいように思う。賛同を得るため、あの手この手が横行することにならないか。ご機嫌取りや過剰な接待のような。少し考えただけで、うんざりしてしまう。そんなことで大学関係者を疲弊させたくない。(榊) 

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