社会復帰を目指す路上生活者(ホームレス)が、犯罪歴の疑いなどを理由に金融機関で口座開設を拒まれる事例があり、支援の現場から懸念の声が上がっている。政府は、マイナンバーカードによる本人確認の義務化の方針を掲げており、今後、口座開設のハードルが上がる。「生活再建のため預金保護は重要。過度な排除はあってはならない」と関係者は訴える。 (山田祐一郎)

◆「口座が開設できなければ今ごろ…」

 「部屋のある生活で安定している。口座が開設できなければ現在はどういう状態になっていただろうか」  埼玉県内在住の男性(64)は生活保護費が振り込まれた通帳を握りながらこう漏らす。

「口座が開設できなければどうなっていたか分からない」と話す男性=埼玉県内で(一部画像処理)

 ホームレスだった昨年冬、男性はホームレス仲間から無償で譲り受けた盗品の自転車を運転中に職務質問を受けて逮捕、勾留された。不起訴処分となって釈放された後、NPO法人が運営する緊急一時シェルターに入居し、生活保護を受けることになった。

◆口座「差し押さえ」を「凍結」と言い間違えて

 生活保護費を預金するため、年明け早々に県内の地方銀行支店で口座を開設しようとしたところ、「犯罪収益移転防止法」を理由に開設を拒まれたという。過去に口座を差し押さえられた経験を「凍結された」と言い間違えたことがきっかけだった。  結局、この支店で口座を開設できず、同日に別の金融機関で口座を作った。男性は「断られたときは本当にショックでこの先が不安になった」と振り返る。地銀は当時の対応について「個別の事案については答えられない」としている。

◆「口座がなければアパートの契約難しかった」

 シェルターは半年以内に出なければならず、今年5月にアパートに入居。いまは自立に向けて自治体の就労支援を受けている。「口座を持つことが安心感となり、生活の安定につながっている。口座がなければアパートを契約することも難しく、またホームレスに戻っていたかもしれない」

金融庁は各金融機関に口座開設をむやみに排除することがないよう求めているが…

 男性のような更生緊急保護対象者や保護観察対象者、暴力団から離脱した人について、政府は社会復帰・定着を図るため、口座開設に向けた支援を求めている。3月には法務省の要請を受け、金融庁が全国の金融機関に「口座開設の際に過去の犯罪や非行のみを理由として排除されることがないよう」求める周知依頼を出した。金融庁の担当者は「個別事案は把握していない」とするが「各金融機関が判断する中でむやみに排除することがないようにというのが趣旨だ」と語る。

◆本人確認にマイナカードを義務付ける方針も

 口座開設は現状、マイナカードや運転免許証など、顔写真付きの本人確認書類があれば可能だ。男性をシェルターから転居するまで支援したNPO法人「ほっとポット」(さいたま市)の宮沢進代表理事は「男性はマイナカードを持っていたにもかかわらず、犯罪収益移転防止法を理由に拒否された。過度な締め付けは、ホームレス生活から脱却したい、犯罪から立ち直ろうと決意した人の生活基盤を奪うことにつながる」と指摘する。

路上生活者には取得が難しいマイナンバーカード(一部画像処理)

 もともと住所認定が難しいホームレスの人がマイナカードを取得するには、行政機関が聞き取り調査をするなどして本人確認をする必要があり、手続きは煩雑だ。さらに6月には、口座開設時の本人確認にマイナカードを義務付ける方針も決まった。来年度以降、非対面の場合は本人確認はマイナカードに原則一本化、対面時もマイナカードなどのICチップ情報の読み取りが義務となる予定だ。  宮沢さんは、この政府の方針がさらなる混乱を招くことを懸念する。  「金融機関が弱者を口座開設から排除するのは『水際作戦』であり、あってはならないことだ」 

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