東京新聞は、各界で活躍する方々によるコラムの掲載を始めました。キャスターの安藤優子さん、前兵庫県明石市長の泉房穂さん、元自民党事務局長で選挙・政治アドバイザーの久米晃さん、ピースボート共同代表の畠山澄子さんが月1~2回執筆。今後も新たな筆者が加わる予定です。だれもが生きやすい社会をつくるため、知恵を結集するコラムにご期待ください。

左から安藤優子さん、泉房穂さん、久米晃さん、畠山澄子さん

<世界と舫う 畠山澄子>

 「舫(もや)う」とは船と船、船と陸地をつなぎとめること。非政府組織(NGO)のピースボートで、被爆者と世界を回る通称「おりづるプロジェクト」や若者向け教育プログラム「地球大学」などに携わり、船に乗って人々がつながる手助けをしてきた畠山澄子さんが、活動を通じて深めた見聞をもとに、日々の思いをつづります。    ◇   ◇      今年の元日、ブログに「2024年、私は『NO』を恐れない」という記事を書いた。ウクライナでもガザでも戦争がやまない世界を一周したあとの気持ちを言葉にしたものだ。連載のスタートにあたり、その記事を加筆修正したものを掲載してもらうことにした。

◆パレスチナ人の言葉に、うつむくしかなかった日

 うしろ向きな言葉が好まれない社会なのは知っている。何かにNOというよりは、何かにYESというほうが受け入れられやすい。というか、NOを言うような「主張の強い」人とは距離をおきたい。言わんとしていることはわかる。

地球一周の途中に寄港した南アフリカ沖で、ガザ地区への攻撃を止めるよう船上で横断幕などを掲げて訴える参加者=2024年5月

 それでも今ガザで起きていることに対して、私にはNO以外の言葉が見つからない。人道地域とされた場所にも爆弾が容赦なく降り注ぐ日々は1年になろうとしている。ガザの人は逃げ続け、死んでいる。死者数は4万人を超え、子どもだけでも1万6000人とされるが、ネタニヤフ首相に言わせれば、多くの避難民がいる南部ラファへの攻撃でも民間人の死者は「実質的にはいない」そうだ。  2005年にガザを封鎖してから、イスラエルはガザを何度も攻撃してきた。ガザに住む私の友人は、2021年の空爆で家が壊された。昨年の7月に完成した新しい家は、今回またもや無残に破壊された。妹さんは亡くなった。友人は、もう3世代にわたってそんな生活を余儀なくされている。そんな中、イスラエルの閣僚の一人はガザへの原爆投下を一つの選択肢だとまで言った。これでも「殺りくにNO」というのは「主張が強すぎる」だろうか。  昨年11月、船で立ち寄ったギリシャで出会ったパレスチナ人に「私たちは存在価値がないということか」と問われた。私は黙ってうつむくことしかできなかった。世界人権宣言には「すべて人は(…)自国に帰る権利を有する」とある。国際人道法は民間人を攻撃することを禁じている。世界の国々が守っていこうと決めたはずの国際法や国際規範をガザの人たちがまったく享受できていないことについて、私たちは十分に声をあげてきただろうか。

◆一人でも味方がいれば、勇気が持てる

東京新聞webのコラムに執筆するピースボートの畠山澄子共同代表

 声をあげる意味を、5月に訪れた南アフリカで現地の人に教わった。南アフリカでアパルトヘイト(人種隔離政策)が終わったのは、南アフリカの人たちが声をあげ、世界もそれに応えたからだ。タウンシップ(旧黒人居住区)に暮らす人たちは、自分たちのNOが重なり合って社会を変えたことを強く刻み、語り継いでいた。自分の中にある「おかしい」という気持ちに蓋(ふた)をして、人々に変化を「諦めさせる」大きな力にのまれるのか。あるいは思いを言葉にし、仲間を見つけながら行動につなげていくのか。選ぶのは私たちだ。  思いを言葉にすることには勇気がいる。NOを言うにはもっと勇気がいる。でも、そのNOは誰かが心底必要としている言葉かもしれない。初めてテレビにコメンテーターとして出演することになったとき、性的マイノリティーや同性婚について差別発言をした首相秘書官のニュースがあった。コメント内容について相談した当事者の友人に、「あの発言はダメだと、そう思う大人がちゃんといるということを、公共の電波で示してほしい」と言われた。昨年10月、東エルサレムにいるパレスチナ人の友人に「私たちに何ができるか」と尋ねたら、世界に向けてガザへの攻撃は許されないと発信してほしいと言われた。  私の経験上、NOと声をあげることに必要なのは、ひとりの味方だ。たったひとりでいい。ひとりでいいから「私もNO」と言ってくれる人が見つかれば、NOという勇気が持てる。この連載を通して自分の気持ちを言葉にしながら、皆さんとともに世界で起きていることに目を向け、おかしなことにはNOと言える輪を広げていければと思う。

 畠山澄子(はたけやま・すみこ) 埼玉県生まれ。国際交流NGOピースボートの共同代表。ペンシルベニア大学大学院博士課程修了(科学技術史)。専門は核のグローバル史、科学技術と社会論。



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