ディープフェイク 特定の人の写真や動画を人工知能(AI)で大量に読み込み、本人に似せて精巧に作られた偽画像・動画。AIに関連する先端技術「ディープラーニング」(深層学習)と偽物を意味する「フェイク」を組み合わせた造語。性的な画像・動画の場合は「ディープフェイクポルノ」と呼ばれる。
◆学校内で生成・拡散が横行…韓国で社会問題化
ディープフェイクポルノに抗議する中国や韓国人の女性ら=7日、東京都港区で
「ディープフェイクポルノ反対」。7日夕、東京都港区の在日韓国大使館近くの路上。「女性に国境はない」などと書かれたプラカードや横断幕を手に、中国人、韓国人の女性ら約40人が声を上げた。交流サイト(SNS)を通じて集まったという。 女性たちが抗議したのは、韓国で社会問題になっているディープフェイクポルノの拡散だ。現地メディアによると、加害者と被害者の多くが未成年。同じ学校の生徒や教員の顔写真でディープフェイクポルノを作成し、匿名性が高い通信アプリ「テレグラム」のチャットグループなどで共有するケースが目立つ。尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領は先月末、「デジタル性犯罪の根絶」を掲げ、対策を指示した。◆「攻撃されるのが怖くて被害を訴えられない」SNSで救い求める声を見て
今回のデモは日本で暮らす中国人フェミニストのネットワークが中心となり、韓国人らが呼応した。「女性に国境はない」と中国語と韓国語で書かれた横断幕を掲げ、抗議する女性ら=7日、東京都港区で=東京都港区で
「同じ女性として声を上げなければと思った」。呼びかけ人で都内の会社員umi(ウミ、活動名)さん(24)はそう力を込めた。 SNS上で、韓国人女性の「助けて」「攻撃されるのが怖くて被害を訴えられない」との投稿を複数目にし、胸を痛めてきた。中国でも、ディープフェイクポルノの被害が広がっているという。「女性は暴力の対象になりやすく、特に日本も含めた東アジアのような家父長制的な社会では深刻だと思う。連帯して訴え、社会の意識を変えていくことが必要」と話す。 参加した中国人の女性会社員(36)=千葉県=は、「中国でも女性差別はひどく、盗撮や性暴力の被害を受けても『不用心だからだ』と批判されることすらある」と憤った。 都内の韓国人留学生、鄭多賢(チョン・タヒョン)さん(22)は母国で、高校の卒業アルバムなどを使ったディープフェイクポルノの被害者が周りにいたと明かす。「抗議が声を上げにくい被害者を励まし、規制への動きにつながれば」◆「技術の進歩に制度やデジタルリテラシー教育が追いついてない」
韓国では2018〜20年、女性たちが脅迫を受け、わいせつ動画を送らされ、テレグラムで有料配信される事件が発生。芸能人のディープフェイクポルノも問題になってきた。 東アジアのサイバー空間の事情に詳しい上智大の李ウォンギョン准教授は「技術の進歩で簡単にディープフェイクポルノが作れるようになり、身近な集団内で被害が起きやすくなった」と分析。韓国では2020年の法改正で営利目的のディープフェイクポルノ制作などの厳罰化が図られたが「専門知識のない未成年者が作成して知人と共有するケースが多発することまでは、十分想定されていなかった。技術の進歩に制度やデジタルリテラシー教育が追いついてない」とみる。 東アジアでのデジタル性犯罪について「性のタブー視により性教育が消極的なことや、若者のインターネット依存が、背景として共通しているのではないか」と指摘した。◆日本でも既に「ジャンル」確立か 生成行為は規制ない現状
ディープフェイクポルノに抗議するビラを掲げるデモの参加者=7日、東京都港区で
ディープフェイクポルノは世界的な問題となっている。米国の人気歌手テイラー・スウィフトさんを模した、生成AIによるとみられる偽の性的画像が今年1月、SNS上で急拡散。AP通信によると、偽画像はX(旧ツイッター)などで約1週間で数百万人が閲覧した可能性がある。 日本での状況はどうか。 サイバーセキュリティー大手「トレンドマイクロ」広報担当の成田直翔氏は「サイト上では芸能人の顔に置き換えた性的動画が簡単に閲覧できる状態だ。『ディープフェイク』というタグもあり、コンテンツの1ジャンルになっている」と問題視する。 国内では2020年ごろから芸能人のディープフェイクポルノが確認されているといい「架空の写真や動画を作り出す高性能のアプリが流通するようになった時期と重なる」と説明する。 日本は生成AIで性的な画像や動画を作成する行為自体を取り締まる法がない。警視庁が2020年、アダルトビデオ(AV)の出演者の顔を芸能人とすり替えたディープフェイクポルノをネット上にアップしたとして、男2人を逮捕したが、適用容疑は名誉毀損(きそん)とAV制作会社の著作権に対する侵害だった。◆児童買春・児童ポルノ禁止法でもAI由来の児童の性的画像は規制できず
その後もディープフェイクはネット上にあふれているが、全てが刑事事件化されているわけではない。生成AIを巡る問題に詳しい岡本健太郎弁護士は「名誉毀損罪は本人などの告訴が必要な親告罪になっており、被害者側が事実を知って訴え出なければならないことなどが、一因になっている可能性がある」とみる。 岡本氏はディープフェイクポルノについて、内容によっては肖像権やパブリシティー権(著名人の肖像などの「顧客を引きつける力」を独占的に利用できる権利)の侵害に当たり、SNS事業者などに対する削除要請のほか、損害賠償請求ができる可能性もあるとする。その上で「訴訟は投稿者の特定が必要である上、時間がかかる場合もあり、SNSで拡散するスピード感を考えると、事後的な救済手段となりやすい」と語る。 国立情報学研究所の越前功教授と山岸順一教授は21年、ディープフェイクの判定プログラムを発表。ネット経由で送られてきた画像などの真贋(しんがん)をAIがチェックする。金融機関が口座開設のオンライン認証の際、顔の画像の確認に使うなどしているという。 もっとも新たな偽造方法が出てくる度に改良が必要だとして、越前氏は「AI対AIのいたちごっごの状況」という。 越前氏はAIによる児童の性的画像について、欧米の主要国が法規制の対象とする中、日本の児童買春・児童ポルノ禁止法がAI由来の児童の性的画像を規制対象としていない点にも言及。児童を保護する観点から「法改正などの検討が必要だ」と話す。◆「デジタルタトゥー」が刻まれてしまう恐ろしさ
ディープフェイクポルノにどのような対策を取るべきなのか。広く普及したスマートフォン
東京工業大の笹原和俊教授(計算社会科学)は現在のまん延状況を踏まえ「受け手側の情報リテラシーでの対応だけではもはや難しい」と指摘する。 SNSへの投稿も生成AIは学習するため「芸能人に限らず一般人も被害を受ける恐れがある。世にいったん出れば、『デジタルタトゥー』としてずっと残ってしまう」と危ぶむ。 笹原氏は「表現の自由との兼ね合いを図りながら、SNSなどのプラットフォームにディープフェイクを検知するシステムを設けたり、ディープフェイクポルノに特化した法整備を検討したりすべき時期に入っている」と警鐘を鳴らす。◆デスクメモ
テイラー・スウィフトさんが自身を支持しているような偽画像をSNSに投稿した米国の前大統領が、返り咲きを狙い、堂々とテレビ討論会に出演する。それを私たちも見る。フェイクに対する感覚がどこか摩耗していないか。身近にある危うさを改めて見つめ直すべきだろう。(北) 鄭重声明:本文の著作権は原作者に帰属します。記事の転載は情報の伝達のみを目的としており、投資の助言を構成するものではありません。もし侵害行為があれば、すぐにご連絡ください。修正または削除いたします。ありがとうございます。