能登半島地震で被災し、避難先から地元の石川県奥能登地方まで長距離を通勤する人たちがいる。石川県珠洲(すず)市正院町のバス運転手奥野昭雄さん(70)は、片道135キロを通い、自宅が全壊のため出勤前夜は同市の避難所に泊まる。心身だけではなく金銭の負担がのしかかり「すごくつらいですよ」。交通インフラを支える使命にも限界を感じている。(高橋雪花)

石川県珠洲市での仕事を終えて帰ってきた奥野昭雄さん。この日は明るいうちに戻ることができた=金沢市で

◆金沢から片道2時間半、ガソリン代は月4.8万円

 市営路線バス「すずバス」で月10~12日ほど働き、仮設住宅を回るルートなどを走っている。早くて朝6時ごろに出勤するため、前日の夕方には珠洲市の避難所に入り、連続勤務の場合は連泊する。避難所に身を寄せるほかの人たちは気遣ってくれるが、気が張って十分に眠れず、仕事中の休憩時間に仮眠を取る。  バスから自家用車に乗り換え、金沢市のみなし仮設まで帰る2時間半は、無事に着くことだけを考える。帰宅は午後7時40分ごろ。運転は好きだが「疲れが半端じゃない。大きい事故になる前にやめんと…」。ガソリン代もかさみ、月4万8000円ほどもかかる。  1月に金沢に避難した。2月に事業を再開した勤務先から「運転手が足りない」と何度も連絡があり、4月に復帰。当初は通うのに片道6時間かかった。続けるのは雇ってもらった恩と、同郷の被災者への思いから。「病院や学校、買い物に行くのに、皆が今まで以上に困っている」と話す。

◆避難生活の被災者、仕事を続けるかで悩む声

 金沢公共職業安定所(ハローワーク金沢)の担当者によると、同様に長距離出勤する人からの労働相談は数件あった。現地のインフラが復旧しない中で「頑張って通勤し続けるか、一時的に避難先で就職するか」と悩む声があったという。  奥野さんは珠洲に帰りたいと思い続けてきたが、同居する義理の親の健康問題や地震への不安から、金沢にとどまる。「帰らないんじゃない、もう帰れない」。安全を考え、秋の訪れで日が短くなり、天気が悪くなる前に退職することにした。残された時間は「今まで通り、事故なくやるだけや」と、淡々と語った。 

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