電動キックボードのシェアリングサービスで世界最大手の米「Lime(ライム)」が8月、日本市場に参入した。6日にはメディア向けの発表会と試乗会を開き、環境負荷が低い利点をアピールした。ただ、電動ボードを巡る事故や交通違反が相次ぎ、世界では規制強化の流れにある。昨年、規制を緩和し、急速に普及が進む日本だが、間口を広げるだけでいいのか。(中川紘希、山田雄之)

記者向け発表会に臨んだ「Lime」カントリーマネージャーのテリー・サイ氏(右)ら

◆「社会問題の解決方法」?

 おしゃれなイメージ付けのためか、発表会は東京都渋谷区の代官山エリアで開かれた。ライムを展開する米ニュートロン社のウッディ・ハートマン最高執行責任者(COO)は「カーボンフリーでサステナブルな未来をつくることがわれわれのミッションだ」とアピールした。  同社は、世界32カ国280都市以上でサービスを展開している。日本では8月19日に都内6区(渋谷、新宿、世田谷、目黒、豊島、中野)でサービスを開始した。利用料金は30分490円など。ポート(発着所)40カ所以上、座って乗る電動シートボードを含め車両200台を配置している。  日本事業を担う子会社Lime(東京都港区)カントリーマネージャーのテリー・サイ氏は「サービスは、渋滞による経済損失のほか、オーバーツーリズム、駐車場不足、CO2削減など社会問題の解決方法の一つになる」と強調した。

◆安全面の取り組みはアプリ上のクイズ

 同社は来年3月までに関東地方の主要都市に進出し、その後に関西地方に広げる方針。今年末までに2千台、2026年3月末までに2万台の配置を目指す。  安全面の取り組みについては、乗車前の利用者にアプリ上で6問の交通ルールクイズに全問正解することを課すほか、ヘルメット着用者への利用料金割引、交通安全の講習会の開催などを挙げた。  世界ではフランスのパリ市などで規制の動きがある。ハートマン氏は「パリでは代わりに(自社の)電動自転車の貸し出しが増えた。(規制も)一つの機会と捉え、ニーズに耳を傾け地域とのパートナーシップを強固にしていきたい」と話した。

Limeの電動キックボードを試乗する中川記者=東京都渋谷区で

◆記者も乗ってみたが…「やはり不安」

 発表会の後には、約20メートルの距離を往復する試乗会があった。記者は電動ボードを初めて運転。ハンドルがぐらつき、コースの外に出そうになった。自転車と同じくハンドルバーで操作するブレーキにも慣れず、すぐに動かせなかった。  数分たつうちに、運転がスムーズになってきたが、自動車の中ではない無防備な状態で公道に出るのは、やはり不安に感じた。  発表会を外で見ていた目黒区の女性医師(37)は「坂道も軽快に上れそうなので乗ってみたい」と話す。一方で「車に乗っていた時、電動ボードが急接近してきた。危ない運転の人が気になる」と話した。

◆もともとは運転免許の必要な「普通自動二輪車」

 電動ボードは電気モーターで走る1人用の乗り物。元々は最高時速やモーターの出力に応じて原動機付き自転車や普通自動二輪車として扱われ、運転免許が必要だった。  昨年7月、改正道交法施行で規制緩和され、最高時速20キロ以下、長さ190センチ以下、幅60センチ以下など一定要件を満たせば「特定小型原動機付き自転車」と分類され、16歳以上は免許なしで運転可能になった。  ヘルメット着用は自転車と同様、罰則のない努力義務だ。走行できるのは原則、車道の左側や自転車専用レーンだが、最高時速6キロ以下で緑色のランプを点滅させるなどすれば、自転車通行可の歩道や路側帯も可能とされる。

◆便利だが「ルールを守る意識低い」利用者も

Limeと競合するLuupの電動キックボード

 規制緩和後、普及は急速に進んだ。国内のシェアリングサービス大手Luup(ループ、東京・千代田区)の場合は、利用者用のスマートフォンアプリのダウンロード数は今年6月時点で300万以上という。  昨秋に電動ボードを利用し始めた都内の女性会社員(41)は「駅から自宅まで2キロぐらいあって歩くのは大変だし、速くて楽できる」と利便性を語る。ただ2人乗りなどの違反運転もよく目撃するといい「ルールを守る意識は低い。時速20キロまでスピードが出るから、自動車にとっては街中で追い抜きにくくて邪魔だと思う」とポツリ。  実際、交通違反や事故は多発している。警察庁によると、昨年7月〜今年5月、信号無視などの交通違反の摘発が2万1562件あり、事故は190件起きた。名古屋市で2月、一方通行を逆走するなどして歩行者をはね、骨折させる重傷ひき逃げ事件も発生した。

◆東京都内で多発する人身事故

 東京都内では1〜5月、電動ボード利用者が最も過失が重い「第1当事者」となった人身事故が56件発生。うち25%(14件)が飲酒運転だったことが分かった。1%程度の乗用車やバイクと比べて突出しており、気軽に乗れることが飲酒運転への意識を低下させているとの見方がある。  桜美林大の戸崎肇教授(交通政策論)は「既にさまざまな乗り物が混在する道路で、予期できない動きをする電動ボードは歩行者にも、ドライバーにも脅威でしかない」と指摘。「免許が必要ないし、自転車のように学校などで乗り方を学ぶ機会も乏しい。命を脅かす危険もあるので、早急に啓発活動に力を入れるべきだ」と求める。

◆パリでは圧倒的に「廃止」、韓国は「SUGA防止法」

 先行して電動ボードの利用が広がった海外でも、安全が課題となっている。  最初期の18年にシェアリングサービスを導入したフランスのパリ市は昨年4月、事故の多発からサービスの存廃を問う住民投票を実施。7.5%と低い投票率ながら「廃止」が89%と大多数を占め、同年9月から廃止となった。

学習塾が集中するソウル・大峙地区の電動キックボード=上野実輝彦撮影

 韓国では今年8月、世界的K—POPグループ「BTS」のSUGA(シュガ)氏が飲酒状態で電動スクーターを運転した事故が発生。所属事務所は当初、罰則が軽い電動ボードと発表したため、重ねて謝罪するはめに。電動ボードなど「個人移動装置」の飲酒運転など罰則強化の動きが生まれ、国会に発議された道交法改正案は地元メディアで「SUGA防止法」として注目されているという。

◆「政府の規制改革推進会議で押し切られ…」

 こうした世界の潮流の中で、米大手が市場参入した日本は逆行しているようにも見える。  ある警察関係者は明かす。「警察庁は他国で交通事故が多発している状況を把握しており、導入自体に反対だった。だが、政府の規制改革推進会議で押し切られて今に至る」  道路構造にも問題があるようだ。山梨大の伊藤安海教授(安全医工学)は「自転車専用レーンなど公道のインフラ整備が進まず、自転車でさえ歩行者にとって危険な中で登場してきた。『警察の厳しい取り締まり』のような対症療法では安全は守り切れない。日本は全く歩行者ファーストではない」と断じる。

◆専門家は「いらない」と断言

 筑波大の谷口綾子教授(交通工学)は「そもそも電動ボードのシェアリングサービスはいらない」と言い切る。「より安定して走行しやすい電動アシスト自転車のサービスも始まっている。電動ボードの利用者の多くが若い世代でファッションのようにも見えるし、高齢者や妊婦など交通弱者の味方になるわけでもない」  そして、今回のライムの参入について「海外で規制が相次いだために日本市場に目を付けたのだろう。それで私たちの安全が脅かされるのは腹立たしい」と声を強めた。

◆デスクメモ

 谷口氏の指摘の通り、自力での移動が難しい弱者のための乗り物ではない。安全より新市場の創出を優先したようにみえる。目にする限り利用者は若者が中心。「ラスト1マイル(約1.6キロ)を埋める」との触れ込みらしいが、ランニングが趣味の身として思う。歩いてもいいのでは?(北) 

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