知床世界自然遺産の知床岬(北海道)で計画されている携帯電話基地局事業が中断している。付近に生息する希少種オジロワシなどの調査のためだ。4日に開かれる同遺産地域科学委員会を前に、知床のオジロワシの生態や調査の意義について、東京農業大学生物産業学部(網走市)の白木彩子准教授に聞いた。

 知床半島で繁殖するオジロワシは、つがいや年による差はあるが、通常2月から交尾や巣材運び、巣の補修など営巣活動が活発になる。産卵は3月下旬から4月上旬。その後、38日前後抱卵する。孵化(ふか)してから70~90日ほど巣内で給餌(きゅうじ)され、おおよそ6月下旬~7月中旬に巣立ちする。

 とはいえ、巣立ち後も幼鳥は2カ月~半年ほど親のテリトリー内に滞在し、給餌を受ける。秋以降にようやく親のテリトリーを出て、自分の営巣地をもつまでの厳しい長い旅に出る。

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 オジロワシは一度繁殖テリトリーを構えると、よほど大きな環境変化や攪乱(かくらん)がない限りその場所を放棄することはない。子育てのできる豊富な餌生物のすむ海や川、巣づくりが可能な大径木がセットになった良好な繁殖環境を得るのは容易ではないからだ。

 テリトリー内につくった巣は、条件がよければ何十年も使われる。多くのつがいが巣の補修や防衛などのため、営巣期以外もたびたび巣を訪れる。巣の周辺環境や営巣木の状態が悪くなると、テリトリー内の他の大径木の樹上に新たな巣をつくるが、条件が変われば元の巣を使うこともある。

 そのため、テリトリー内には複数の代替巣が維持されることが多い。つがいにとっては、どれも大切な営巣木だ。

 オジロワシは成鳥になるまで5年ほどかかる。知床岬に8月18日に上陸したとき、岬先端に近いアブラコ湾周辺に成鳥がいたほか、文吉湾の断崖上に成鳥のつがい、啓吉湾沖の岩上に昨年生まれと推測される若い個体がいた。

 この若鳥がどこのつがいの子どもかは不明だが、このように知床岬エリアは将来の繁殖つがい予備軍の若鳥も生息している場所でもある。だから、つがいのみならず、この地における繁殖集団の存続には若鳥が生き延びられることも重要だ。

 これまでの調査や8月18日の状況から、少なくとも2組のオジロワシの繁殖つがいと若鳥たちが、いま太陽光パネル設備やケーブル敷設などが計画されている事業予定地周辺を利用していると考えられる。オジロワシへの影響評価調査は、その可能性を踏まえて実施する必要がある。

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 事業や事業後の人間活動による猛禽(もうきん)類への影響評価は、原則として環境省が公表している環境アセスメント調査のためのガイドライン「猛禽類保護の進め方(改訂版)」(2012年12月)に沿うべきである。

 これはイヌワシ、クマタカ、オオタカを対象に書かれているものではあるが、調査に要する期間などの基本的事項はオジロワシにも適用でき、これに従うと少なくとも2回の繁殖期を含む1.5年以上の詳細な調査が必要となる。

 繁殖の成否や餌資源などの状態には年変化があり、それに伴い、つがいの行動も変わるため、1回の繁殖期の調査だけで本来の行動圏や利用環境を明らかにすることはできない、と考えられるためである。

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 一方、オジロワシにばかりに焦点があてられることには懸念もある。オジロワシは知床半島の生態系の頂点種で、その生息域の維持は生態系の下位生物相の保全に一定の効果はあるだろうが、それだけで知床の生物多様性や生態系の保全が担保されるわけではない。

 鳥類では、オジロワシと同じく絶滅危惧Ⅱ類のオオワシが冬季に滞留しているし、近年減少が報告されている準絶滅危惧種オオジシギも事業予定地周辺の草原で繁殖している。草原で狩りをするフクロウ類や千島列島から春・秋に往来する渡り鳥への影響も調べる必要がある。

 「知床」が世界自然遺産であるためには「顕著な普遍的価値(OUV)」が長期的に守られなければならない。それはオジロワシを含む知床岬エリアの生物群集が、本来の自然の姿のままであり続けられるかどうかにかかっている。

 事業による影響を評価、あるいは影響を回避した事業計画を策定するには、科学的検証に耐え得るデータをそろえなければならない。そのための時間や労力を惜しむべきではない。

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 もし来年秋で調査を終了し、事業による影響予測が「事業実施後のモニタリングで対応」となったらどうなるか。

 つがい本来の行動が把握しきれていない状態で太陽光パネルを造った後に調査をしても、正しい影響評価はできないし、仮に影響が確認されても、パネルを撤去するという選択肢はないだろう。

 事業が知床岬エリアの野生動物や植物に及ぼす影響予測に不確実性があるなら、「疑わしきは造らず」が正しい選択だと思う。(聞き手・奈良山雅俊)

 しらき・さいこ 1966年、東京生まれ。東京農工大農学部卒。北大大学院時代からオジロワシ・オオワシの生態研究に従事し、風力発電の風車に衝突するバードストライク問題にも取り組む。北海道環境影響評価審議会委員。

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