2012年6月に慰安婦をテーマにして開催予定だった写真展を巡り、会場運営元のニコンが突然中止を通告し、大きな波紋を広げた。あれから12年。この問題をベースに書き起こした演劇「あの瞳に透かされる」が4日から東京・池袋で初上演される。今、問い直す意味とは。(木原育子)

写真展中止を題材にした演劇の稽古の一場面=Pカンパニー提供

◆優秀な写真家に展示会場を無償提供する企画だった

 写真展を企画したのは韓国人写真家の安世鴻(アン・セホン)さん(53)。2001年から5年間かけて中国各地で暮らす朝鮮半島出身の元慰安婦12人を探し当て写真に収めた。  写真展は、ニコンが優秀な写真家に展示会場のニコンサロンを無償提供する企画だった。開催を告知していたが、写真展の内容にネット上で批判が起き、安さんはニコン側から突然中止を通告された。

◆「表現の場を奪われれば、全ての人の目と耳をふさぐことになる」

 安さん側の仮処分申請で写真展は実現した一方、突然の中止は異論が渦巻き、写真展にはサロン史上最多の7000人超が来場。その後の損害賠償請求訴訟も安さん側は勝訴した。

ニコンとの訴訟で勝訴し、記者会見で笑顔を見せる写真家の安世鴻さん=2015年12月25日、東京・霞が関の司法記者クラブで

 12年を経て、安さんは何を思うのか。現在韓国で暮らす安さんは「こちら特報部」の取材に、「誰かからの攻撃によって漠然と表現の場を奪われることは、全ての人の目と耳をふさぐことになる。私にとって大きな衝撃を与えた事件だった」と思い返し、「ただこの事件で多くの人が表現の自由に関心を持つようになった」と続ける。

◆歴史問題に右派からの攻撃が強まった中で

 写真展の中止はどんな時代背景の中で起きたのか。  「歴史研究、歴史教育を通じて、このような問題を永く記憶にとどめ、同じ過ちを決して繰り返さない」と誓った河野談話は1993年8月に公開。高校教科書には1994年から、中学校教科書は1997年から慰安婦が記述されるようになった。  「慰安婦」問題を扱うアクティブ・ミュージアム「女たちの戦争と平和資料館」(wam)元館長の池田恵理子さん(74)は「1997年頃から右派の攻撃が強まり、NHKのディレクターだった私は『慰安婦』の番組を作っていたが、1997年以降はその企画が全く通らなくなった。メディアが萎縮して自己規制するようになった」と振り返る。そして「『慰安婦』報道の『空白の15年』が始まる。2012年の第2次安倍政権の発足を象徴するようにニコン事件も起きた。今思えばあの頃が分岐点だった」。

◆「別の道を歩めるかを考え、見つけることは希望」

 そんな中で、演劇を通して問い直す意味とは何か。  本作の脚本家で精神科医のくるみざわしんさん(57)は「裁判記録を読むと、ニコン側がネットの書き込みに恐れをなしていく様子がひりひりと伝わってくる。『恐れ』とは何か。今もはびこるこの恐れについて、私たちは向き合う必要があると感じた」と語る。  演劇は、裁判で敗訴したニコンの社員が会社からは「会社を守った」として好待遇で暮らす中で、改めて事件と対峙(たいじ)していく内容。  くるみざわさんは「あの事件をなぞるのではなく、表現を守る側に立つ別の道を演劇で示したかった」と語る。  「慰安婦問題もそうだが、過去の間違いに立ち向かうことは難しい。しかし、苦しいことばかりではない。どんな言葉や態度があれば過去を受け止め、別の道を歩めるかを考え、見つけることは希望でもある」  前出の安さんは現在も、中国やインドネシアに出向き、慰安婦の生存者を探している。「演劇や芸術作品を通し一緒に表現の場を守り、真実の声を出すきっかけにしてほしい」と話す。  上演は4~7日の午後7時から(6日は除く)と、5~8日午後2時から。問い合わせは劇団Pカンパニー=03(6338)1217。 

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