『啓子ちゃん生きた』
太平洋戦争中だった1944年8月22日。
沖縄から九州へ向かっていた学童疎開船「対馬丸」がアメリカ軍の魚雷に沈みました。1484人が犠牲となり、784人が子どもでした。
あれから80年。慰霊祭の後の集まりで歌われた曲があります。
歌の名は『啓子ちゃん生きた』
対馬丸が撃沈された後の壮絶な光景が歌われています。
暗い海は荒れて 深いうねりを立て
屍体の山は私をとりまく
フカの群がきて 屍体にかみつき
イカダめがけて 突き進んでくる
両手合わせて 母ちゃん 母ちゃん助けて
神さま 神さま 助けて!
私が乗るはずだった
歌をつくったのは那覇市に住む石坂美砂さんの母親、眞砂(まさご)さんです。
当時、小学6年生だった眞砂さんも、疎開のために対馬丸に乗る予定でしたが、急きょ別の船に乗り、難を逃れました。
戦争が終わり、眞砂さんは沖縄を離れて、東京でシャンソン歌手になりました。
自分が乗るはずだった船に起きた悲劇を知ったのは、30年ほど後のことでした。眞砂さんが若かった当時は、かん口令がしかれ、あの出来事を知る人はほとんどいなかったといいます。
娘の石坂美砂さん「40代になって沖縄へ帰ってきたんですけど、そのときに友人や先生を訪ねたとき、亡くなったと聞いたそうです。自分は生き残ったということを何か自覚して、それから対馬丸のことを意識するようになったみたいです」
眞砂さんは、生き残った人たち、遺族のもとへ足を運びました。
対馬丸で起きたことを知るべきなんじゃないか。そんな気持ちがあったのかもしれません。
眞砂さんが会うことができたひとりが、生存者の平良啓子さんでした。
乗船していた人たちの多くが命を落としていくなかで、平良さんは海の上で6日間、生き抜きました。当時はまだ9歳でした。
平良啓子さん「私の目の前にいるおばあちゃんが目を見開いたまま、ズルズルと落ちるんです。私は一生懸命あげました。うしろのおばさんたちが “わらべ、子どもさん、あのおばあちゃんはね、もう死んでいるんだよ。だからもう手放して流しなさい”って言うんです。本当に苦しい思いで手放しました。おばあちゃんがくるくるーと沈んでいく、くるくるーとあがって、遠くのほうへ、遠くのほうへ。波に、大波に乗っていきました」
記憶をそのまま歌詞に
平良さんの経験を受けとった眞砂さんは、歌をつくりはじめました。
襟首の手を 泣きながらはなす 生きてるように 眼を開けてにらんだ
波にのまれて おばあが消えた 許して! 許して!
平良さんのことば、一つひとつをそのまま歌詞にしていきました。
そして『啓子ちゃん生きた』が完成しました。
娘の石坂美砂さん「(かん口令がしかれて)話せなかった体験者の方もいらっしゃったと思うんです。平良さんは“いつもありがとうね”って言ってくださって。“歌ってくれてありがとう”って」
対馬丸での経験を語り続けてきた平良さんは去年、88歳で亡くなりました。
当時を知る人は、月日がたつにつれ減っています。
眞砂さんは、シャンソンを聞きにくる人たちに向けて、歌っていました。たとえ客の反応が良くなくても、歌い続けたといいます。
そして晩年、身を削るようににして歌う姿が、美砂さんの印象に残っています。
石坂美砂さん「対馬丸に母が乗って、もしも亡くなっていたら私の存在もありません。やっぱり母が生きていてくれたから私があって。そういう意味では生かされている。母がやってきたものを消してはいけないのかな。灯火は消してはいけないかなって。あの歌をいま、合唱団の子どもたちが歌ってくれてたり、ちゃんと受け継がれていることがうれしいです。母もたぶん、喜んでいるんじゃないかなって」
歌声をつないで
80年の節目の日。歌いだしの前に、美砂さんは集まった人たちに向けて語りかけました。
「戦争というのは決して美化してはいけませんし、そして、風化もさせてはいけません。もう一度、足元をみつめて、平和ってなんだろう、そして戦争は絶対にだめだということを、私は音楽を通じてこれからも伝えていきたいなって思っています」
歌う美砂さんのかたわらには、母親の眞砂さんの写真がありました。
あの日、あの船に乗るはずだった少女がつくった『啓子ちゃん生きた』は、母から娘へ、世代をこえて歌い継がれています。
『啓子ちゃん生きた』
暗い海は荒れて 深いうねりを立て
屍体の山は 私をとりまく
フカの群がきて 屍体にかみつき
イカダめがけて 突き進んでくる
両手合わせて 母ちゃん 母ちゃん助けて
神さま 神さま 助けて!
襟首の手を 泣きながらはなす
生きてるように 眼を開けてにらんだ
波にのまれて おばあが消えた
許して! 許して!
ねえねぇ ねえねぇ いくつ?
九歳と答える
ねえねぇ ねえねぇ 名前は?
「初等科四年生 宮城啓子です!」
「……ときちゃん死にました!」
(歌詞から抜粋)
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