【サンパウロ=共同】ブラジルで被爆体験の証言を続け、在外被爆者援護の道を切り開いた森田隆(もりた・たかし)さんが12日、サンパウロの病院で老衰のため死去した。100歳だった。13日にサンパウロで葬儀が営まれた。  1924年、広島県砂谷村(現広島市佐伯区)生まれ。21歳の時に広島の爆心地近くで、旧日本陸軍の憲兵として防空壕(ごう)を造りに行く途中に被爆し、やけどを負った。  戦後、サンパウロの気候が良くて住みやすいと聞き56年にブラジル移住。当初は差別を恐れて被爆した体験を多く語らなかった。84年に「在ブラジル原爆被爆者協会」を設立。在外被爆者への健康管理手当の支給を求める活動を率い、ブラジルの若者らにポルトガル語で被爆体験を証言する活動も長く続けた。  協会は2008年に「ブラジル被爆者平和協会」と改称し、平和追求の運動にも尽力。取り組みが実を結び、19年には被爆者がブラジルの指定病院で窓口負担なく医療が受けられるようになった。20年に協会は解散したが、後継の「在ブラジル原爆被爆者の会」が証言活動を続けている。  今年5月にはブラジルを訪問した岸田文雄首相と面会し、自身の体験をつづった本を手渡した。その本には「広島出身の首相に世界平和のために頑張っていただきたい」と書き添えた。  ブラジルの主要紙フォリャ・ジ・サンパウロなども森田さんの訃報を伝え、功績をたたえた。


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