日本列島で災害が相次いでいる。日向灘で地震が起き、南海トラフ地震臨時情報が出たかと思えば、東北に台風5号が上陸。今後は東日本に台風7号が接近するとも目される。猛暑の今、特につらいのが避難生活だ。避難所になることが多い小中学校の体育館では冷房がない例が目立つ。そんな環境は人命を脅かしかねない。我慢に頼る避難所はもう、改めませんか。
(太田理英子、山田雄之)

◆20カ所のうち「冷房なし」は18カ所

2019年9月12日、台風19号接近で「満員」になった千葉県南房総市の体育館

 「今、避難所の準備を検討しているところです」。千葉市防災対策課の担当者は台風の進路に気をもむ。気象庁によると、13日に発生した台風7号は発達しながら北上し、15日以降に東日本に近づく恐れがある。  市内の避難所は272カ所で、うち小中学校は160カ所。体育館にエアコンが設置されているのは1校もなく、設置工事は来年度からという。近年はコロナ禍も踏まえ、体育館を中心とした避難所運営を転換。現状ではエアコンがある教室の活用などを想定する。  猛暑下の避難所に頭を悩ませるのは、8日の南海トラフ地震臨時情報を受け、防災対策推進地域になった自治体も。愛知県岡崎市は8日に20カ所で開設したが、小中の体育館の18カ所はエアコンがないため、2カ所のみに変更した。担当者は「高齢者らの避難も想定され、せっかく避難したところで健康の悪化を招くわけにはいかない」と語る。

◆「一部屋でもあれば」含め「冷房64%」

 避難所の暑熱対策は、能登半島地震で被災した石川県でも懸案だった。  輪島市と珠洲市は5月、県に27避難所での冷房設置を要望し、急きょ取り付けられた。七尾市では最高気温が30度を超え始めた6月、当時5カ所だった避難所のうち、エアコンがない2カ所を閉鎖。避難者は移動を余儀なくされた。市防災交通課の担当者は「体育館は構造上冷えにくく、スポットクーラーだと20台以上が必要。真夏はそれでも足りないと考えた」と話す。

自主避難所の廊下に並ぶ移動式クーラー=1日、石川県珠洲市宝立町の旧柏原保育所で

 文部科学省の調査では、全国で避難所に指定される小中学校や高校など約3万校のうち、冷房機器があるのは22年12月時点で64.9%だった。ただこの調査では設置場所に教室や会議室も含め、「利用可能な冷房機器を保有している部屋等が一部屋以上あれば、避難所として保有しているものとしている」と見なした。

◆「体育館に設置」は東京が82%と突出

 同省の別の調査では、小中の体育館に絞った設置状況が公表されており、22年9月時点で11.9%にとどまった。都道府県別の設置率は東京都が82.1%と突出する一方、20%超は大阪府や兵庫県など4府県に限られ、1桁台が大半だ。  避難所になることが多いのに、なぜ小中の体育館で冷房設置が進まないのか。

◆1基数千万円…財政力の格差あらわ

 文科省施設助成課の担当者は「児童生徒が長い時間を過ごす普通教室や特別教室での設置を優先する自治体が多い。財政規模の違いも表れているのでは」とみる。体育館でのエアコン設置は1基で数千万円単位という。一部を国が負担する補助制度もあるが、整備が進んでいないのが実情だ。  前出の岡崎市の教育委員会も「金額の規模に加え、一斉設置だと作業員の人手不足もある。設置を急がなければいかんという声もあるが…」と困り果てる。  教育評論家の親野智可等(ちから)さんは「本来、体育館は学校や地域の行事の拠点。炎天下の校庭に出られない子どもの遊び場としても重要な施設。非常に優先度が高いと考えるべきだ」と強調。設置費に加え、ランニングコストも膨大になることを踏まえ「自治体任せでは限界がある」と指摘する。

◆真夏日の期間は半世紀で60日広がった

 親野さんは続けて「防災の観点から考えると、冷房設備がないのは命の危険に直結する問題」と語る。

熱中症警戒アラートの発表を伝える大型ビジョン

 そう思わせるのが近年の猛暑だ。東京都心は昨年までの過去6年で、最高気温35度以上の猛暑日が年間10日以上となった年が5回あった。今年も12日時点で猛暑日を17日記録。過去最多だった昨年の22日に迫る。  暑い時期も延びている。半世紀前の1973年は最高気温30度以上の真夏日を記録したのは7月上旬~9月上旬だったが、昨年は5月中旬~9月下旬。期間にして60日ほど広がった。  危険な暑さが続く中で避難所に冷房がない場合、心配なのはやはり熱中症だ。

◆避難所生活で「熱中症」深刻化の恐れ

 全国有数の暑さで知られる埼玉県熊谷市で25年以上、年間100人超の患者を診察する埼玉慈恵病院の藤永剛副院長(内科)は「室温が高ければ熱中症になるリスクは高まる。冷房がない環境は、最悪と言ってもいい。体調変化に気付きにくい高齢者は特に注意してほしい」と強調する。

暑さで知られる埼玉県熊谷市の中心街に掲げられた大温度計=5月12日

 体温が上がり、体内の水分や塩分のバランスが崩れて生じる健康被害の総称が熱中症。初期の症状は目まいや立ちくらみ、吐き気などで、重症化すれば脳や臓器などの深部体温が上昇、意識障害や全身けいれんが起き、死に至る場合も。  「避難所生活は心身ともに疲れが出やすい。冷房がなければ、症状が深刻化する恐れが高い」

◆トイレ環境が悪いと水分不足…血栓が

 危ぶまれるのはエコノミークラス症候群もだ。同じ姿勢を長く続けることで、足の血管に血の塊「血栓」ができる。自覚症状がないことが多い一方、血栓が肺の血管に移ると呼吸困難や心肺停止に至る。震災後、狭い避難所やマイカーで寝泊まりが続く被災者にリスクがある。2016年の熊本地震ではエコノミークラス症候群を発症し、入院が必要と診断された患者は発生1カ月時点で50人いた。

エコー検査で、受診者の脚に血栓がないかを調べる榛沢和彦医師(右)ら=石川県穴水町で

 被災地でのエコノミークラス症候群を研究する新潟大特任教授の榛沢(はんざわ)和彦医師は「避難所生活でトイレ環境が悪いと、避難者は水分の摂取をためらい、水分不足となるため、血液がどろどろになって血栓ができやすい傾向にある。冷房で涼を取り、発汗を抑えて脱水症状を予防することは大切だ」と呼びかける。

◆停電でも使える「ガス空調」設置の動き

 避難所生活を左右する冷房だが、扇風機での代替は難しそうだ。大阪府八尾市で7月下旬、冷房のない体育館に宿泊する訓練が行われた際には扇風機やスポットクーラーが用意されたが、室内気温が36度以上になる時間帯があったほか、就寝時間の午後11時でも30度を上回り、湿度は70%以上になった。参加した大阪府災害対策課の大井祥之さん(35)は「全然眠れなかった。冷房の重要性を実感した」と話す。  東京都が22年に公表した首都直下地震の被害想定では、避難所の冷房が使えないシナリオがあり、「停電等で空調が使えない場合、体調不良者が増加し、体力のない高齢者や乳幼児等は、最悪の場合、死亡する可能性がある」と記す。都の担当者は「避難所を運営する各市町村にはガス空調や非常用発電の導入を勧めている」と語る。足立区では小中学校102校の大半の体育館で、ガス管を通じて供給される都市ガスだけでなく、プロパンガスを使う冷房を設置している。  ただ、冷房設備が整わない避難所は各地に少なからずある。この猛暑下で南海トラフ地震が起きればどうなるか。最大で950万人の避難者が想定される中、科学ジャーナリストの添田孝史さんは「地震や津波から生き延びられても、このままでは酷暑で避難所で亡くなるケースが相次ぐ。関連死を防ぐためにも、避難所が冷房を設置できるよう公費負担を早急に検討するべきだ」と訴える。

◆デスクメモ

 近年の猛暑は「もはや災害」と言いたくなる。平時でも倒れそうになる蒸し暑さ。熱中症を防ぐため、政府は室内でもエアコンをつけるよう勧める。それなのに冷房がない避難所が目立つ。この矛盾を前にしても政府は何も思わないのか。言葉だけの「寄り添う」は聞きたくない。(榊)


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