AIで選手の動きを追跡するシステムを表示したパソコン画面。車いすラグビー日本代表チームの練習で用いられている。各選手には背番号を記した人形が重なり、スプリントなどの動きが表示されていく(相原伸平研究員提供)

 スポーツの現場では近年、人工知能(AI)技術の導入が進んでいます。中でもAIによる選手の動きの分析は、トップアスリートの競技力向上に用いられるようになってきました。そんな中、国立スポーツ科学センター(東京都)の研究チームは、車いすの選手の動きをAIで追跡する独自のシステムをつくりました。このデータの分析は、パリ・パラリンピックに出場する車いすラグビーの日本代表チームの練習や戦術構築に活用されています。 (増井のぞみ)

◆常設

 「ガシャン!」。白いボールをめぐって、選手のタックルで車いすが激しくぶつかる音に驚かされます。7月中旬、東京都北区の味の素ナショナルトレーニングセンター(NTC)の体育館を訪ねました。月1回の合宿中の車いすラグビー日本代表チームが4対4の試合形式で練習をしていました。  日本はリオデジャネイロ、東京と2大会連続で銅メダルを獲得しています。今月28日に開幕するパリ大会では、金メダルの有力候補として挙げられています。この日本代表チームを裏方で支えるのは、NTCに2021年1月から常設されている追跡システムです。  パソコンの画面には、天井のカメラで撮影している練習の映像の上に、選手を識別するための背番号を記した水色の人形(ひとがた)が1人ずつに重なっています。素早い移動は「スプリント」と呼ばれます。四肢の障がいの重さの程度に応じて基準のスピードが決められており、それより速ければスプリントと認定されます。画面にはこのスプリントも含め、選手の動きが刻一刻と表示されます。

選手の動きを捉える機器。体育館の天井に追跡用カメラ3台、天井のやや下に追跡用ライダー4台、顔認証用カメラ2台を設置している。黄色い枠内の写真はライダー、白い枠内の写真はカメラ(相原研究員提供の写真を基に作成)

 日本代表チームアナリストの中谷英樹さん(36)は「選手は主観だけでなく、スプリントの回数から、走れているかどうか気づくことができる」と話します。  1試合では8分間のピリオドを4回行います。分析する画面では、「ヒートマップ」と呼ばれる、選手ごとの1ピリオドの走行経路が見られます。中谷さんは「ヒートマップを参考に戦術をコーチに提案して、うまく機能したときはうれしい」と顔をほころばせます。移動距離も分かり、障がいが最も軽い選手は1ピリオドで1400~1500メートルほど走るそうです。

◆検出

 NTCの体育館には、天井に追跡用のカメラ3台、天井のやや下の壁には追跡用の「ライダー」4台と顔認証用カメラ2台が設置されています。ライダーはレーザー光を出してはね返ってくる時間から物の位置を検出するセンサーで、車の自動運転にも使われているものです。

相原伸平研究員

 AIを用いた独自の追跡システムを開発したのは、国立スポーツ科学センターの相原伸平研究員(35)らの研究チームです。「選手の位置を精度良く検出できるように、映像とライダーのデータから車いすの車輪を検出するアルゴリズム(計算方法)を独自につくり、特許を出願しました」と説明します。  選手たちがNTCで合宿して練習するたび、カメラとライダーを起動して映像や位置、プレーのデータを集め、AIに深層学習させてシステムを完成させました。「ひたすら研究室でパソコンやサーバーを使い、データを整理して、プログラムを書くことが多い」と相原さん。車いすラグビーのほか、バレーボール、スポーツクライミングのスピード種目などでも、AIの追跡システムをつくり活用されています。

試合形式の練習に励む車いすラグビー日本代表チーム=いずれも東京都北区の味の素ナショナルトレーニングセンターで

◆1台で

 今後の課題は、1台のカメラで全ての選手を、複数の常設カメラ並みに精度良くAIで追跡するシステムの開発です。練習のときだけでなく大会会場でも、選手や対戦相手のデータを取りたいという要望に応えるためです。  バドミントンではこのシステムをつくりましたが、まだ研究段階です。今後もAIにデータを学習させて精度を高めていけば、過去の伝説の選手の映像からデータを取得して、現役の選手とのデータ比較が可能になるといいます。  車いすラグビーは、1対1または2対2のバドミントンに比べ選手の人数が多く、接触プレーもあるので、1台のカメラによるシステムの開発は一段と難しいようです。相原さんは「目線の配り方でプレーが変わったり、背中で動きを察知したりと、AIには置き換えられない選手の感覚は大事。そこにAIでしか取れないデータをプラスして、競技レベルの向上に役立てたい」と抱負を語ります。

<車いすラグビー> ラグビーのように、車いす同士のタックルが認められている男女混合の障がい者スポーツ。ボールを持つ選手の車いすの2輪が、相手側のトライライン上に達するか通過すると1点が得られる。ラグビーと違って、前方へのパスも認められている。コートの大きさはバスケットボールと同じ。ボールはバレーボールの5号球をもとに作られた専用球を使う。選手には障がいの程度によりそれぞれ点数が付けられている。1チーム4人で合計8点以下にしなくてはならない。コート上に女性選手が出場する場合はプラス0.5点が認められる。競技用車いすは、コンパクトな攻撃型と突き出したバンパーが特徴の守備型の2種類がある。




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