笑顔で再会を喜ぶ生徒たち
学校の場所が変わっても、夢や目標は変わらない—。能登半島地震で被災した日本航空高石川(石川県輪島市)の生徒が22日、明星大青梅校(東京都青梅市)の教室で新学期を迎えた。4カ月ぶりに友人と再会した生徒たちは、新しい環境での学校生活に、思いを新たにした。(昆野夏子、写真も)◆「元気そうでマジ良かった」
「めっちゃ久しぶりじゃん」「元気そうでマジ良かった」。この日は、5月に入寮する1年生を除く2、3年生ら約400人が顔をそろえた。敷地内にある仮設寮には21日に入居したばかり。震災以降、オンライン授業を受けてきた生徒は「直接会える方がやっぱりうれしいね」と声を弾ませた。笑顔で再会を喜ぶ生徒たち
輪島市の校舎は、地震で大きな被害を受けた。あちこちにひび割れが入り、下水道復旧のめども立っていない。生徒が学べる環境を探していたところ、明星大を運営する学校法人明星学苑(東京都日野市)が、青梅校の無償提供を申し出た。青梅校には情報学部と日本文化学部が置かれていたが、両学部は2015年に移転。施設は体育の授業などでしか使われていなかったという。 同じく輪島市で被災した日本航空大学校石川の学生と合わせて、約800人分のコンテナハウスを設置。生徒、学生は大学の教室で授業を受けることになった。期間は少なくとも3、4年程度を想定しているという。配布された教科書を手にする生徒たち
22日、生徒たちはそれぞれの教室でホームルームに出席し、教科書を受け取った。3年生の九尾結月(くおゆづき)さん(17)は「大好きな輪島を出ることに葛藤もあった。家族と離れて寂しいし、現実を受け入れられず、不安な時もある」と打ち明ける。それでも「東京で頑張って、看護師になって輪島に戻りたい」と意気込んだ。 青木洋介校長は「志の高い生徒の集まりなので、困難を乗り切れると信じている」と、生徒たちの飛躍に期待した。 ◇◆寮のコンテナハウスが足りない! OBが動いた
仮設校舎はどこに建てるのか、生活できる宿舎を確保できるのか―。被災した生徒が新学期を迎えるには、いくつものハードルが立ちはだかった。そんな生徒らを支えたのはOBたちだった。 日本航空高石川は、山梨県甲斐市にある、系列の日本航空高校で生徒を受け入れる案を計画していた。しかし、敷地が狭いことなどから断念。そんな時に支援を申し出たのが、梅沢重雄理事長や教職員らの母校、明星大を運営する明星学苑だった。 学びやの場所は決まった。しかし、今度は生徒が住む仮設寮の設置にも困難が生じた。使用予定だったコンテナハウスは、石川県の被災地で被災者が使うため不足。相談を受けた卒業生がつてをたどって、東日本大震災後、福島県南相馬市で使われていたコンテナを手配したという。敷地内の仮設寮から登校する生徒
寮の一部は未完成で、入学式は5月にずれ込む見通しだ。それでも、生徒会長で3年生の大杉遥人さん(17)は「先生方や先輩たちのおかげで、クラスメートと一緒に対面で授業を受けられるようになった」と、周囲への感謝を強調した。 鄭重声明:本文の著作権は原作者に帰属します。記事の転載は情報の伝達のみを目的としており、投資の助言を構成するものではありません。もし侵害行為があれば、すぐにご連絡ください。修正または削除いたします。ありがとうございます。