神宮球場で東京ヤクルトスワローズのファンの7歳の少年が始球式に臨んだ。難病を抱えながら、練習を重ね、大舞台で夢をかなえた。

 始球式当日の19日、東京都渋谷区の小学2年吉次楽(がく)君は大きく腕を振ってボールを投げ込んだ。捕手のミットに収まると、観衆やベンチから一斉に拍手がわき起こった。

 球場で見守った姉の小学5年桃さん(10)は「うまくいかないこともあったけど、本番でうまく投げられてよかった」と喜んだ。

 楽君は難病に指定されている先天性疾患の「歌舞伎症候群」を抱え、特別支援学級に通っている。

 幼いころ、体に原因不明の葉っぱがくっついたような白斑ができ、発達も遅かった。重い食物アレルギーもあり、当初は原因がわからず、医者の父・聖志さんは「無力感もあった」と振り返る。

 大学病院で「歌舞伎症候群」と診断されたのは3、4歳のころ。初めて診断を受けたとき、母・真理子さんは、「理由がわかり、ほっとした」という。約3万人に1人が発症するとされており、出る症状は個人差がある。治療法がなく、対症療法しかないのが現状という。

 今回の始球式は住宅メーカーのオープンハウスが「神宮球場でかなえる夢」とした企画で、選ばれた。「悩んでいる家族とつながりたい」「歌舞伎症候群の認知度を上げたい」という思いで聖志さんが応募した。

 「歌舞伎症候群だと気づかず、孤立している家族もいるのではないか。知ることから始まる」と聖志さん。真理子さんもインスタグラムで楽君の日常を積極的に投稿して発信している。

 楽君は朝起きるとヤクルトの選手名鑑を見て、ユニホームを着て学校に行く。夜は中継を見て、負けると泣くことも。今ではシルエットでどの選手かわかるという。

 本番に向け、約1カ月練習した。「けんけん」もあまり得意ではなかったが、ヤクルトの元選手にも投げ方を教わり、しっかり左足を上げられるようになった。おもちゃではない重いボールを投げるのも初めてだった。

 聴覚過敏の症状もあるため、始球式当日は音量を抑えるイヤーマフを準備したが、使うことはなかった。

 村上宗隆選手のサインボールももらった楽君は始球式後、報道陣の取材に「うれしいな!」と笑顔だった。

 聖志さんは「主砲の村上さんのように打ちたい。石川(雅規)さんのように投げたい。そういう思いがこの子を一生懸命にさせてくれた。生きていくうえで大きな糧になりました」と話した。(角詠之)

鄭重声明:本文の著作権は原作者に帰属します。記事の転載は情報の伝達のみを目的としており、投資の助言を構成するものではありません。もし侵害行為があれば、すぐにご連絡ください。修正または削除いたします。ありがとうございます。