小心者で人前に出るのは大の苦手。でも、自分と同じように生きづらさを抱える人たちを温かい光で照らしたい。風見穏香さん(35)は、その一心でシンガー・ソングライターを続ける。

 茨城県古河市出身。子どもの時、母と行った人気デュオ「ゆず」のライブを機にギターにのめり込んだ。中学に進学後は毎日のように弾き、友人とデュオも組んだ。でも、演奏するのは他の歌手の曲ばかり。バカにされるのが怖くて、自作の曲を歌えなかった。

 大学3年の時、進路に悩んで受講した自己啓発セミナー。生まれて初めて、人前で曲を披露した。人目が気になって視線はずっと下を向いたまま。でも、周囲の人たちに「とても良かったよ」と声をかけられ、自信がついた。人気のない深夜の駅前で歌い始め、場数をこなすうちに、都内の繁華街の路上で歌えるように。2014年にはCDアルバムを全国リリース。土日は毎週のように県内外をライブで駆け回る。路上ライブで出会った客との縁で月1回、静岡県伊豆市のコミュニティーFM局「FM IS(イズ)」でパーソナリティーも務める。

 小6の時に一時期、不登校になった。「親に心配をかけたくない一心で、元気な子を演じていたが、限界が生じた」と振り返る。支えになったのは、音楽という心の居場所だった。その経験から、学校に行ける行けないにかかわらず、苦しんでいる子どもが自分で自分を認められる場所や環境をつくりたいと思っている。岩手県や新潟県、滋賀県、福岡県、山梨県、つくば市など全国各地で不登校当事者向けのイベントや曲作りのワークショップに参加している。

 大切にしているのは、大人の考えを押しつけないこと。若いころに歌手への道を親に反対され、家出した経験がある。年を重ねたいまは親の気持ちも理解できる。「親は子どもを大切に思うあまり、自分の考えを押しつけがち。子どもと親の立場を理解しながら、溝を埋める存在でありたい」と語る。

 自称「生きづらいけど生きてやる系シンガー」。今でも、反応が気になって観客を正視できない。歌えるようになって、少し生きやすくなったけど、生きづらさが消えたわけではない。いつも明るく振る舞っているけど、孤独にさいなまれる夜もある。

 4年ほど前、父が若年性認知症になったのを機に茨城県境町の実家に戻った。家業の中古車販売会社の事務所を改装してカフェをオープンし、母とともに店に立ち、ファンを中心に人生に行き詰まった客たちの悩みに耳を傾ける。

 彼らはたわいない話を続けるうちに胸襟を開き、ポロッと心の傷を吐き出して帰る。「どんな自分でも認めてくれる場所があれば、人は少し生きやすくなる。生きづらい世の中だからこそ、悩みも、困り事もうれしいことも分かち合いたい」

 ライブやイベントで必ず歌う曲が「ひとでいたい」。強くなれなくてもいいから、淡い優しさを持ってほしい――。そんな願いを込めた歌声に、若い世代も不登校の子を持つ親も涙する。その歌詞を体現するように、これからも歌い、生きていきたいと思う。(鹿野幹男)

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