八百屋ではない。
雑誌や本が、店先に平積みされている。
マンガ、将棋、歴史、文芸、科学、旅行、音楽、グルメ、健康……。さまざまな雑誌や本が、段ボール箱の上に同居する。松木由紀夫さん(72)は、街の本屋「松木書店」を継いで半世紀を超える。
店は、和歌山市和歌浦の明光商店街の通り沿いにある。杜氏(とうじ)だった初代が、丹波(現在の京都府と兵庫県の一部)から移って店を開いたというが、正確な時期は分かっていない。店に残る資料では遅くとも1880(明治13)年に店があったことは確認できる。
自身は5代目。子どもの頃は車やバイクなど機械への興味が強かった。
配達の手伝いはしたが、店を継ぐ気はなかった。バイクを買ってもらうなど親のまいた「餌」に釣られて、二十歳のとき店を継いだという。
朝は早い。毎朝5時には本の荷物が届く。店は午前7時には開けている。人気コミックスの発売日には早朝から買い求めに来る客もいる。
妻の啓子さん(74)、弟の敏夫さん(65)との家族経営。毎朝、店先に本を陳列し、夕方に店の中に戻す。出すのも戻すのも1~2時間かかる。「毎日引っ越しをしているようなものです」
なぜ労力をかけてまで店先に並べるのか。理由は二つある。
木造2階建て家屋の店舗は、売り場面積が狭い。店内に全ての本や雑誌を並べると、客が店内に入れなくなるからだ。
さらに店の近所には、一時利用できる駐車場がない。車で来て降りずに「ドライブスルー」で買っていく客もいる。店先にあれば、車の中からでも見て選べる。
ただ雨に弱いのが難点だ。テレビのデータ放送を見て雲の動きをリアルタイムでチェック。雨の日は店先に並べる本を少なめにする。急に雨が降ったときは大急ぎで片付ける。
かつて商店街は約300メートルの通り沿いに八百屋や魚屋などが軒を連ね、多くの客でごった返した。今は営業している店は少なくなった。
街の本屋は減っている。出版文化産業振興財団(東京)によると、全国の約4分の1の自治体で書店がなくなったという。
松木書店でも売り上げは年々落ち込んでいる。新型コロナ禍では、美容院や病院に配達していた雑誌の注文が減った。
地元の小中学校4校に教科書を納品してきたが、児童や生徒数は激減したという。コロナ禍が落ち着いても配達していた雑誌の注文は回復していない。
店に後継者はいないという。由紀夫さんは「和歌山でも本屋はどんどん減っているけど、元気なうちは店をやりたい」。敏夫さんも「同じです。力のつづく限り、行けるところまで行く」とうなずいた。(伊藤秀樹)
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