目次

  • 鈴木准教授「天と地がひっくり返る発見」

  • 20億年前の地層とは?

東京大学理学部の鈴木庸平准教授はことし5月、南アフリカの北東部に広がる「ブッシュフェルト」と呼ばれる岩石の地層を掘削する国際研究プロジェクトに参加しました。

「ブッシュフェルト」は、クロムやプラチナといったレアメタルの世界有数の産出場所として知られるとともに、20億年前に地球の地下深くにあるマントルが上昇して地殻に入り込んで形成された極めて特殊な場所です。

先月までに深さ500メートルまで掘り進められていますが、これまでに採取された岩石を鈴木准教授が国内に持ち帰って詳しく観察した結果、岩の内部の亀裂付近を中心に多数の微生物が確認できたということです。

さらに特殊な装置で分析したところ、DNAを含んだ細胞が見つかり、細胞内からは生きた生物が作り出すたんぱく質も検出されたことから、見つかった微生物は岩の中で“生きている”とみられることも確認できたとしています。

研究チームによりますと、掘削が行われた地層は現在にいたるまで安定していることがわかっていて、20億年前の原始的な微生物が岩の中で生き残っていた可能性が高いとしています。

これまでに見つかった最も古い生きた微生物の記録は、海底の堆積物などから見つかったおよそ1億年前ということで、20億年前はこれを大幅にさかのぼることになります。

研究チームは今後、ゲノムを解析し、20億年前の微生物かどうか確認した上で、遺伝情報を詳しく調べて地球の生命の起源や進化の歴史を明らかにしたいとしています。

鈴木准教授「天と地がひっくり返る発見」

東京大学理学部 鈴木庸平 准教授
「いままで知られている生物とは全く違う可能性があり、生物界にとって天と地がひっくり返る発見になるかもしれない。20億年前の生物は当時の情報をたくさん持っていると考えられ生命誕生の謎を解く上での重要な糸口になることを期待している」

20億年前の地層とは?

掘削調査が行われたのは南アフリカの北東部に位置する「ブッシュフェルト」と呼ばれる場所です。

この場所は20億年前に東西に480キロ、南北に240キロ、深さ8キロにわたって地下の高温のマントルが上昇して大規模な岩石の地層を形成したと考えられている地球上でも極めて特殊な場所です。

一方、この場所でこれまで本格的な掘削調査が行われたことはなく、今回、およそ1年かけて深さ2.5キロまで掘削し地層の成り立ちや詳細な構造を明らかにしようとするプロジェクトをICDP=国際陸上科学掘削計画のチームが立ち上げました。

プロジェクトには世界各国の研究者が参加し、岩石や地質などの調査が分担して行われ、日本からは「地下微生物学」のエキスパートとして東京大学の鈴木准教授がメンバーに選ばれました。

注目される地下生命圏 そのワケとは?

地下に生息する微生物はここ最近、急速に注目されている研究分野です。これまで地下は酸素がなく光が届かない上、栄養もほとんどないことから、生物がすめない過酷な環境だと考えられてきました。

しかし、近年、分析技術の向上によって地下には大量の微生物が生きていることが明らかになり、その量は地上や海の中の微生物の総量を上回るとみられていて、地下が生命誕生の場の新たな候補としても注目されるようになりました。

どうやって岩の中で生きている?

こうした地下の生態系を支えるメカニズムの1つに「蛇紋岩化反応」と呼ばれる岩と水との反応があります。

この反応が起きると岩からは水素やメタンなどが生成され、それらをエサにすることで岩の中の微生物は長期間にわたって生き続けることが知られています。

特に南アフリカの地下の岩石はこの蛇紋岩化反応が起こりやすい「かんらん石」と呼ばれる鉱物が豊富に含まれていることがわかっていました。

”地下で進化せず20億年前の当時の姿に”

微生物の調査が、数十億年前のレベルの古い地層で行われた例はこれまでなかったということで、鈴木准教授は南アフリカの地下の岩石には20億年前当時にすみついた微生物がいまも生き続けている可能性があると考えていました。

また別のグループの研究で地下の微生物のほとんどは増殖する速度が極めて遅く、少なくとも1億年程度では進化しないこともわかっているため、今回見つかった微生物もほとんど進化せずに20億年前の当時の姿をとどめている可能性が高いとみています。

「生命の起源」の謎を解明する糸口に

【最大の謎“生命の起源”】
今回の発見は科学界最大の謎の1つともいわれる「生命の起源」の解明に向けた研究を大きく前進させる可能性があります。

地球上に生命が誕生したのはいまからおよそ40億年前と推定されていますが、生命がどこで、どのように誕生したのかはいまも論争が続いています。

これまで深海の熱水噴出孔や陸上の温泉などが生命誕生の場の有力な候補として挙げられ、体の中に「核」をもたない単純な構造をした「原核生物」の仲間が最初に誕生したと考えられています。

そして、およそ20億年前に細胞の中に「核」をもつ真核生物が誕生し、長い年月をかけて私たち「ヒト」や動物、植物などへと進化していったと考えられています。

【“生きている”微生物の意義】
こうした進化については、おもに生物のわずかな痕跡や化石などから推定されてきました。

現時点で確実に生物の痕跡とされているものは27億年前のものが最古とされていて、それ以前のものについては科学者の間でも意見が分かれています。

ただ、生物の化石などからはよほど保存状態が良くないかぎりDNAを読み取ることができないため、当時の生物の詳しい生態や遺伝情報まではわかりません。

しかし、今回見つかった微生物は生きているとみられるため、DNAやゲノムを解析することが可能です。

このため、この微生物が20億年前からほとんど進化していなかった場合、地球に誕生した初期の生物の特徴を色濃く残している可能性が高く、研究チームは「生命の起源」の謎を解明する糸口になるかもしれないと期待しています。

岩盤が地上の微生物が混じる“汚染”を阻止

地下の微生物を調査するうえで最も注意が必要なのは、地上の微生物が混ざってしまうことによる“汚染”です。

今回、調査が行われた「ブッシュフェルト」は地下深くまで固い岩盤の地層が幾重にも重なる構造をしています。

鈴木准教授はこの重なった岩盤が地上からの水や微生物の侵入をくい止めるとともに、20億年前にすみついた微生物を岩の中に閉じ込め続ける役割も担っていると考えています。

調査では徹底した“汚染”対策も

今回の調査では、回収された岩を、ただちに地上で清潔な水で洗浄したあと、表面をガスバーナーで加熱し、真空状態で袋詰めにして低温で保管します。

さらに念を入れた対策も講じられました。通常、掘削する穴の中にはドリルを円滑に作動させるための水が加えられますが、鈴木准教授はこの水の中に一般的な微生物よりもやや小さな0.3マイクロほどの「蛍光ビーズ」を大量に混ぜました。

この「蛍光ビーズ」は紫外線に反応するため、最終的に岩の中を分析する前に紫外線を当てることで水が岩の中まで浸透していないかを目視で確認することができます。

もし岩の中で「蛍光ビーズ」の反応が確認された場合は、現代の微生物に汚染されている可能性があるとして分析からは除外し、こうした基準をクリアした試料だけを分析する手法を採用しました。

これによって今回確認された微生物が、岩の中に閉じ込められたものだと分かるということです。

専門家「“玉手箱”を開けるような感覚」

生命の起源や進化の研究を専門にしている東京工業大学の藤島皓介准教授は「20億年前の岩石や鉱物は地球上にたくさんあるが、その中に閉じ込められて生きている微生物がいるというのは聞いたことがない。20億年前となると桁違いであり、ほとんど進化していない過去の微生物を見ることはまるで“玉手箱”を開けるような感覚に近く非常に貴重なものだ」と話していました。

そして「本当に20億年前の微生物かを確かめるためには今後、ゲノムを解析する必要があるが、それによって同時に遺伝情報も明らかになり、どのような進化の歴史をたどってきたのかがわかる」と指摘した上で、「今回の研究は地球の生命の起源と進化に迫るだけではなく、火星など、他の惑星の地下にいまも岩石の中にトラップされ生き続けている微生物を見つけることにもつながるかもしれない」と期待を寄せていました。

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