鉄道や航空など、人や物の輸送現場で、無線交信を巡るミスが後を絶たない。羽田空港で1月に起きた日本航空機と海上保安庁機の衝突事故も、無線でのやりとりの取り違えの可能性が指摘される。6月、JR東海道線で起きた輸送障害を検証すると、問題の根がどこにあるのかがみえてきた。(嶋田昭浩)

東京貨物ターミナルを出発したJR貨物の貨物列車=東京都品川区で

◆大阪・京都の通勤ラッシュを直撃

 6月11日午後から12日早朝にかけて、大阪、京都両府内のJR東海道線(京都線)3カ所で、車両や信号のトラブルによる運転見合わせが続発し、通勤客ら計約22万人が影響を受けた。  このうち、12日午前6時42分に茨木駅(大阪府茨木市)で起きた輸送障害では、駅と駅の間で立ち往生した特急「はるか3号」の乗客らが最寄り駅まで歩かされたうえ、通勤・通学ラッシュを直撃。利用者への影響の大きさとは裏腹に、技術面な問題に起因した他の2件とは違って初歩的な人為ミスが原因だった。  何が起きていたのか。京都線を所有してその列車運行全体を管理するJR西日本と、線路を借りて貨物列車を運転しているJR貨物とに取材し、当時の状況を振り返ってみる。

◆貨物列車がギュウギュウ 列車が通れず復旧に3時間

 鉄道の路線は、1本の線路を上り列車と下り列車が交互に走る単線区間、上り列車と下り列車がそれぞれ1本ずつ別の線路を走る複線区間、さらには、上り下りとも、特急・急行などと普通列車とが別々の線路を使うため上下計4本の線路が並ぶ複々線区間がある。  現場の茨木駅は、この複々線区間のため、上下線にそれぞれ1本ずつのホームを備え、さらにおのおのの外側に、ホームを持たない待避線が1本ずつ設けられている。上下合わせて計6本の線路があるわけだ。  問題の発端は、別の駅で起きた信号トラブルなどによる運行ダイヤの乱れだった。大阪の吹田貨物ターミナル(吹田タ)内に貨物列車がいっぱいとなり、ちょうど埼玉の越谷貨物ターミナルから吹田タへ向かって京都線を走っていたコンテナ貨物列車が吹田タへ入れずに、手前でいったん停車する必要が生じた。JR貨物から要請を受けたJR西日本の輸送指令は、停車可能な場所として茨木駅の待避線を指示。ところが実際に到着した貨物列車は、連結した貨車の最後尾までが長すぎて待避線をはみ出したため、本線の信号が赤から青へ変わらず、後続列車の走行を妨げたという。復旧までに約3時間かかった。

◆電車の「両数」実は2つの数え方 生じた勘違い

国際海上コンテナを運ぶJR貨物のコンテナ車。右のコキ107が長さ約20メートル=東京都府中市のJR武蔵野線で

 ダイヤの乱れなどによって急きょ予定外の停車駅を決めるには、列車の止まれるスペース(有効長)の確認が前提だ。貨物列車は機関車に連結された貨車の種類や両数によって、列車全体の長さが大きく変わる。JR西日本の輸送指令員はJR貨物の機関士に、無線で長さを尋ねていた。

旧国鉄時代に多かった長さ約8メートルの貨車(車掌車)=山梨県韮崎市で

 「現車両数26両」と運転士は答えた。機関車がコンテナ車(貨車)を26両けん引しているという意味だった。しかし、貨車は1両1両の長さが異なる場合があり、「現車両数」だけでは実際の列車全体の長さがわからない。そこで「延長換算両数」という数字が使われる。旧国鉄時代の長さ8メートルの貨車を単位とし、その何両分に当たるのかを計算して輸送指令に伝える取り決めだ。今日普及しているコンテナ車は長さ約20メートル。茨木の待避線に入った列車(約530メートル)は、8メートルを1両と換算すると66.3両相当で、待避線に収容可能な延長換算両数59両(472メートル)を上回っていた。  だが指令員は、運転士が回答した「現車両数26両」を延長換算両数だと勘違いし、それ以上は尋ねずに停車可能と判断してしまったという。JR西日本は「指令員の知識不足」によるミスと認め、「周知教育を行う」としている。  「26両と言われたら(幹線ルートの)貨物列車の延長換算にしては短いので、普通なら指令員が聞き返すと思う。確認の会話ができていればトラブルを防げたのでは…」と東海道線をよく知るベテランの運転士。JRの運行現場では、指令員が無線で与えた指示の詳細な内容を乗務員に復唱させる場面も珍しくない。今回、両数を聞いた指令員の側が復唱していれば事態は変わったかもしれない。

◆飛行機でも交信取り違え あわや衝突事故

 交信内容の取り違えは、航空機の運航を巡っても深刻な問題だ。  国の運輸安全委員会は6月27日、2023年7月20日に関西空港(関空)で点検車両が作業中の滑走路に貨物専用機が着陸しようとした重大インシデントを巡って、調査報告書を公表。当時、A、B2本の滑走路で別々の車両が点検作業を行っており、このうち作業を終えたA滑走路の車両から「滑走路離脱」の無線連絡を受けた管制官が、B滑走路の車両からの報告だと勘違いして同僚の管制官に伝えたため、作業中のB滑走路への貨物機の着陸許可が出されたとしている。  報告書は、無線連絡の受信時に管制官が滑走路名を復唱していれば取り違えに気づいた可能性がある、と指摘。「相互に確認するコミュニケーションの基本動作の徹底」を求めている。

◆「基本動作」をミスなく行うには…

JR貨物の犬飼新・社長=6月19日、東京都渋谷区の同社本社で

 あわや衝突事故という危機的状況だった関空のインシデントと違って、茨木駅でのトラブルは信号が赤のままなので、後続列車は接近しない。たとえ人的ミスが起きても安全は確保される「フェイルセーフ」の仕組みが働いている。直ちに衝突へ結び付く状況ではないにせよ、鉄道に限らず運輸部門全体のいっそうの安全性向上へ向け、「基本動作」の大切さを教える出来事だった。  JR貨物の犬飼新(しん)社長にも見解を尋ねた。社長は「乗務員に落ち度はなかった」とした上で「旅客会社とのコミュニケーションをしっかりとっていくことをあらためて確認している」と強調。各社共通の用語による連絡が誤解された今回の事例を受け、「JRグループ全体(での取り組み)になるかもしれないが、担当部門の間で再度確認し合うことも必要かと思っている」と語った。 

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