撮られることで自信に

撮影会は「もっと近くへ!パラアスリート 写真ワークショップ」と題し、東京都が主催した。モデルはパラスポーツ選手4人で、撮影者は高校生やアマチュアカメラマンなど60人。2時間にわたって、選手の姿や表情を撮影した。

「すごく新鮮な気持ち。車いすを使っている自分がもっと好きになり、自信につながったと思う」

パラカヌーでパリ・パラリンピックへの出場が内定している瀬立(せりゅう)モニカさん(26)は、撮影中の気持ちをこう語った。舞台上で車いすに乗ってパドルをこいだり、大玉のスイカをつかんで持ち上げたりする練習の様子を、再現した後のことだ。


【高校生作品】パリ・パラリンピックのパラカヌー代表の瀬立さん。撮影した久留米西高校の本間亜沙子さんは「一番良い表情を捉えようと意識した」

瀬立さんは高校1年の時、体育授業中の事故で脊髄を損傷し、胸から下がまひ。その後は車いすで生活している。

障害を負う前は一般カヌーの選手として活動しており、リハビリの後、高校2年生からパラカヌー選手として再起。その約1年後には世界選手権に初出場した。パラリンピックは、リオ、東京に続き、3回目になる。


【高校生作品】大玉のスイカを持ち上げるトレーニングを披露した瀬立さん。撮影した小石川中等教育学校の大里未礼さんは「彼女にとっての障害を自分にとってのコンプレックスに当てはめて考えた。そう思うと、親近感がわいた」

車いす生活になった後、自身の写真を見ることが嫌だった時があったという瀬立さん。それでも自分の肉体を鍛え上げ、勝利を積み重ねることで前に進んできた。

「撮影会での自分の写真を見て、素直にすてきな写真だなと思った。障害を負ったばかりのころは、写真で他の人と違うことを痛感させられるのが嫌だったけれど、今は違う。私の姿を見て、まだ社会とつながれていないたくさんの障害者が、外に出るきっかけをつかんでくれたらうれしい」

前に進み続ける姿捉え

撮影会では、事前に選ばれた都内の高校写真部員2人が撮影デモンストレーターとしてシャッターを切った。その一人、小石川中等教育学校の大里未礼さん(高3)は、スイカをつかんで持ち上げる瀬立さんのトレーニングを写し、「腕の筋肉の存在感に圧倒させられた」。


高校生の撮影デモンストレーターの大里さん(左)と本間さん(右) (藤原智幸撮影)

大里さんにとって、障害者の撮影は初めて。ファインダー越しに選手を見つめ、障害の有無よりも、鍛え抜かれた肉体のたくましさに目を奪われたという。

「パラスポーツを実際に見るのも、パラアスリートに会うのも、撮影するのも初めてだったので、新しいことに挑戦できて心踊るようだった。一人ひとりに自分自身しかないその人らしさがある。障害によって、できないことがあっても、常に挑戦し前へ進み続ける姿勢に心を動かされた」

「格好良い姿を撮ろう」

障害には差別や偏見、「かわいそう」というイメージが付いて回ってきた。多くのパラアスリートもその視線を感じ、苦しんできた。ただ、今回の撮影の場では、そうした障害を「見なかったように振る舞う」のではなく、障害をありのまま受け止めつつ選手の力強さや美しさに注目する姿勢が強調された。

撮影指導はフォトグラファーの越智貴雄さん(45)。2000年のシドニーパラリンピックからパラスポーツの取材を続けている。

「パラアスリートは、例えば膝上を切断した選手が義足で7メートル以上の跳躍を見せるといった、信じられないような結果を出す。ただただ、格好良いじゃないですか」


パラスポーツの取材に長年携わっているフォトグラファーの越智貴雄さん。「パラアスリートの姿は純粋に格好良い」と会場の写真愛好家らに語りかけた(松本創一撮影)

越智さんは大会の撮影現場では、事前にイメージした構図に近づけるため、地面に寝そべってアングルを極限まで工夫する方法などを説明。「パラアスリートは道なき道を歩み続ける開拓者。その姿を撮影するにはどうするか、考えてみよう」とアドバイスした。

すさまじい技に衝撃

「ガッチャーン」

車いすがぶつかり合う激しい金属音が響き渡たる。パリ・パラリンピック車いすラグビー日本代表の橋本勝也さん(22)と中町俊耶さん(29)は、撮影会でタックルを再現した。


【高校生作品】車いすラグビー日本代表の橋本さん(左)と中町さん(右)が披露した激しいタックル。撮影した本間さんは「スポーツ写真に苦手意識を持っていたけれど、これからはもっとスポーツ選手の表情や感情を捉えたいと思うようになった」

高校生デモンストレーターの一人、久留米西高校の本間亜沙子さん(高3)は、車いすが宙に浮くほど激突する瞬間を捉え、「すさまじい技に驚いた」と感動を口にした。

本間さんには障害がある家族がいる。日常的に障害者に向き合ってきた経験があるだけに、心動かされるものは小さくなかった。

「『障害は個性』とよく言われるけれど、障害を持つ家族がいる自分には少し腑(ふ)に落ちていなかった。でもパラアスリートの姿を撮影し、周りの人と同じように個性を輝かせることができるんだ、と初めて思った」

私たちを見て、知ってほしい

国際試合などの経験があるとはいえ、自分に一斉に数十台のカメラを向けられることは多くない。橋本さんは「緊張したけれど、撮影されることが『ちょっと気持ちいいな』と思えた」、中町さんも「競技の時とは違う緊張と楽しさを味わった」と照れた。


【高校生作品】私服姿の車いすラグビー日本代表の橋本さん(左)と中町さん(右)。撮影した大里さんは「カメラに向かって微笑む2人と、歓声を上げるファンを一緒に撮ることで、2人がたくさんの人に応援されていることを表現した」

2021年の東京パラリンピックは無観客で行われたものの、多くの試合が国内でテレビ中継された。日本はメダル51個の活躍。一般のスポーツ選手と違わない「パラアスリート」としての認知が一段と進んだ。

車いすラグビーは日本各地にチームがあり、そこから選抜された日本代表チームは、パリパラリンピックでのメダルの有力候補だ。2人はレギュラーの一角を占めており、撮影ワークショップの会場からは声援も相次いだ。

生まれた時から両手足に障害がある橋本さんは、中学生のころ、他人の視線を強く気にし、「撮らないでくれ」と思うことが多かった。

だが、今は違う。「たくさんの人に自分の身体のことを知ってほしいという気持ちが強くなっている。大会でいろいろな障害がある人と交流し、自分の体が恥ずかしいものではないと思えるようになった。見られることで、自分自身も障害への理解が深まっていると思う」と認識の変化について語った。そしてその変化をさらに推し進めるためにも「パリでも力を尽くしたい」と、全力を尽くすことを誓った。

東京大会で変わった視線

障害者の意識は、東京パラリンピックを経て変わりつつある。共同通信が大会後の2021年秋に日本障害フォーラムを通して実施したアンケートによると、「大会が自身の障害や障害一般の理解につながったと思う」「ある程度思う」と答えた障害者は70%にのぼった。

「東京パラリンピックの影響はかなり大きかった」。生まれつきの両上肢障害があるテコンドー選手の阿渡(あわたり)健太さんはこう強調する。


【高校生作品】技を披露するテコンドー選手の阿渡さん。撮影した本間さんは「格好良さもあるけれど、『好きなこと』をしている笑顔が魅力だなと思った」

「以前は街を歩いていると、ジロジロ見られたり、気持ち悪いと言われたり。思春期のころはそれがとても嫌だった。けれど、東京のパラリンピックはそんな社会を少し変え、障害者に対する社会の温度が変わったと思う。自分も自分のことを好きでいるようになっています」。社会の視線が変わると、障害者の気持ちも変わる。阿渡さんは、そんな変化を実感している。

阿渡さんは、パリ・パラリンピックへの出場は逃したものの、国際大会などへの出場を続けている。


【高校生作品】パラテコンドーの阿渡さん(右)。撮影した大里さんは「純粋に阿渡さんの技に感心した。瞬きをするたびに移り変わる技の数々を、なんとか写真に収めようと必死だった」

「競技を見てほしい」。盛り上がる撮影会の会場で、モデルとなった選手たちは口をそろえた。パリ・パラリンピック大会は8月28日から9月8日までの12日間。パラアスリートたちは、撮影会の最後にもステージ上で「パラスポーツを、会場やテレビでもっと楽しんで」とPRした。

フォトグラファーの越智さんは、撮影会後のインタビューで、パラアスリートの撮影についてこう語った。

「美しい風景を見て『撮りたい』と思う気持ちと同じように、パラアスリートの美しさ、格好良さを撮ることが大切だと思っている。従来、『障害がある人』に抱きがちだった感情からいったん離れて、競技を楽しみ、選手を知ろうとしてみれば違った世界が見えてくる。パリのパラリンピックも、そういう視点で楽しんでほしい」

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