連載<平和国家の現在地>④

与那国島の最西端の碑の前で談笑するエマニュエル米駐日大使(左)と糸数健一与那国町長

 台湾から111キロ東にある沖縄県・与那国島。5月17日早朝、信号機が二つしかない人口約1700人のこの島が、物々しい雰囲気に包まれた。  与那国空港の到着口から、SP(警護官)とみられる黒いスーツ姿の男性15人が続々と出てくると、その2時間後、米軍機が到着。「軍隊はいらない」などと島民が抗議の横断幕を掲げる中、ラーム・エマニュエル駐日米大使が姿を見せた。  空港にいた民宿の女性従業員(38)はおびえた様子で「何事なんですか」と滑走路に視線を向けた。観光で来た長野県松本市の不動産業男性(53)も「世界中で紛争が起きて、この島もいずれ観光できなくなるかもと思って訪れたのに、やっぱり物騒な島なんですね」とつぶやいた。

◆「米軍人がもっと来ることが日本を守ることにつながる」

民間の与那国空港に駐機する米海兵隊機「ガルフストリーム」

 「なぜ米軍機で来る必要があるのか。この小さな島で、戦争の準備がどんどん進んでいる」。抗議活動に参加した与那国町の自営業狩野史江さん(64)は危機感を募らせる。狩野さんは最近、本土から来た観光客に「与那国は台湾に一番近いから、有事に備えて自衛隊基地が強化される方が安心でしょ」と言われたことが引っかかっている。「とんでもない。島が要塞(ようさい)化されて安心して住めるはずがない」  そんな不安をよそに、米大使としてこの島を初めて公式訪問したエマニュエル氏は、島西端の灯台で糸数健一与那国町長に出迎えられ、台湾との位置関係などの説明を受けた。陸上自衛隊与那国駐屯地などを視察した後、同行記者団に、軍事的挑発をしているのは米国ではなく中国だと断った上で「戦略的に日本と米軍が整合性を持てば、抑止力はより強化できる」と指摘。「米国の軍人・軍属がもっと(与那国島に)来ることが日本を守ることにつながる」と強調した。

◆初めて与那国空港を使用…「有事の使用に向けた地ならしだ」

 米軍は近年、台湾有事を見据えて作戦構想「遠征前進基地作戦(EABO)」を掲げる。既存の基地に依存せず、小規模部隊を南西地域の複数の離島に展開し、攻撃や監視、補給を目的にした「臨時前線基地」を設営。目的を終えたら部隊はすぐに移動し、敵のミサイル攻撃をかわす戦略だ。  米海兵隊のデービッド・バーガー前総司令官が昨年4月の米議会の公聴会で「われわれは敵の戦域に居続けなければならない。同盟国が『米国は逃げていない』と信じる必要があるからだ」と狙いを披歴している。  沖縄国際大の野添文彬准教授(国際政治学)は、エマニュエル氏を乗せた米軍機が、民間の与那国空港を初めて使用した点に着目する。「EABOには離島の民間空港・港湾の使用が欠かせない」とし、今回の訪問は「米軍の平時と有事(戦時)の使用に向けた地ならしだ」と分析。「有事の際は空港、港湾が相手国に狙われ、住民が危険にさらされる」と懸念を示す。

◆日米の軍事的一体化は新たな段階に

 日米両政府は、台湾有事を想定した対応を着々と進めてきた。昨年1月の外務・防衛担当閣僚による安全保障協議委員会(2プラス2)では、南西諸島における日米の施設の「共同使用の拡大」と、空港及び港湾の「柔軟な使用」の重要性を確認。日本は有事の使用も視野に、戦闘機や艦船が利用しやすいように重点整備する「特定利用空港・港湾」の候補地として、与那国空港など南西地域を中心に38カ所を選定済みだ。

与那国島を訪れたエマニュエル米駐日大使(手前右)と会話する糸数健一与那国町長(手前左)

 この戦略の強化に向け、今年4月の日米首脳会談の共同声明では、日米の部隊間の「作戦と能力のシームレスな統合」や、武器の共同開発・生産の拡大なども確認した。  「日米同盟の強化」をうたい文句に、憲法解釈を変更し、他国を武力で守る集団的自衛権の行使を容認した安倍政権の閣議決定から10年。日米の軍事的一体化は新たな段階に入った。  2015年に国会で審議中だった安全保障関連法案を違憲だと指摘した早稲田大の長谷部恭男教授(憲法学)は「他国への攻撃によって日本国民の生命、自由および幸福追求の権利が根底から覆される状況など到底考えられない。『解釈変更』があっても、実際に集団的自衛権は行使できない状況は変わっていない」と政府の対応を問題視。「違憲で実際に行使できない集団的自衛権を前提に、台湾有事を議論することがそもそもおかしい」と語る。  与那国島で畜産業を営む小嶺博泉さん(53)は、日米両政府の動きに疑問を投げかける。「島民じゃない人たちは『国境の島に住んでいるんだから、わがままを言わずに受け入れろ』と言うかもしれない。だけど米軍や自衛隊が島民の命を守ってくれる保証はないのに、われわれが今の流れはおかしいって声を上げるのはわがままなんですかね」(川田篤志)

 日米同盟 日米安全保障条約を中核とする同盟関係。1951年署名の旧条約は米軍の日本防衛義務が明確でなく、60年の改定により対日防衛義務を規定する一方、日本に基地提供義務を課した。日本は2014年に憲法解釈を変更し、米国を念頭に集団的自衛権の行使を容認。15年成立の安保関連法により行使可能となった。

   ◇  ◇ 連載<平和国家の現在地>  集団的自衛権の行使を容認する解釈改憲から10年。日米の軍事的一体化で専守防衛は形骸化し、防衛力強化を目的とした自衛隊施設の建設や防衛産業の育成などが進んでいる。「平和国家」を標榜(ひょうぼう)するこの国で何が起きているのか。現場の動きと背景を伝える。
連載①のどかな島に自衛隊が拠点をつくり…島民たちが感じる「変化」と不安 沖縄・与那国島に次々「配備計画」
連載②今、どうして…B52爆撃機が横田基地に飛来した 冷戦期「アメリカの核」の象徴 「軍事一体化」は現実に
連載③「岸田」特需に沸く防衛産業 手厚い政府支援に高い関心…やればやるほど「アメリカの下請け化」が加速する
連載④駐日アメリカ大使が「与那国島」を初訪問…そのしたたかな狙い 一方、日本も「有事」を想定した対応が進む(この記事) 

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