北海道・知床半島沖で2022年4月に観光船「KAZUⅠ(カズワン)」が沈没し26人が死亡・行方不明となった事故で、乗客24人のうち14人の家族計29人が運航会社「知床遊覧船」と桂田精一社長に損害賠償を求め、3日に札幌地裁へ集団提訴する。乗客家族が、裁判で会社側の民事責任を問うのは初めて。参加しない家族も、苦しい思いを抱えながら見守っている。

 今年4月23日、北海道斜里町の港。福岡県久留米市出身の小柳宝大(みちお)さん(当時34)の父親(65)は、オホーツク海に手をつけた。氷水のようで、数秒で手が痛んだ。2年前の事故直後に駆けつけたときと同じだった。

 「今から知床に移動 遊覧船で知床半島の絶景を見てくる! 写真たくさん撮ってくるね」

 事故当日の朝、父親へLINEメッセージが届いた。「行ってらっしゃい」。そう返したのが、最後となった。

 小柳さんは、外食チェーン・リンガーハットの社員だった。愛知、静岡、神奈川での勤務を経て、カンボジアの首都・プノンペンの店舗責任者として働いていた。家族思いで、新しい任地には必ず家族を招いた。

 写真撮影や旅行が趣味で、事故当日は、休暇を利用して仲の良い上司(当時51)とともに知床へ行き、カズワンに乗っていた。釧路や小樽も回ってから、東京で仕事を行い、福岡県の実家に帰省する予定を立てていた。

 リュックやカメラは海中から見つかった。だが、小柳さんは行方不明のままだ。

 少しでも近くに行きたい。父親だけでなく家族みんなで、斜里町の追悼式に毎年九州から足を運ぶ。

 だが、桂田氏が姿を見せたことは一度もない。

 誰しも、事故を起こしたくて起こすわけではない。きちんと事故と向き合い、謝ってくれるのであれば、許す気持ちになるだろうとも思う。

 家族説明会で桂田氏は「精いっぱい償います」と言っていた記憶があるが、その後の対応に誠実さは感じず「宝大がないがしろにされている」と思った。

 それでも、訴訟に参加しないと決めた。

 息子は温和で社交的だった。「何度もごちそうになった」「魚釣りを企画してもらった」。事故後、そんな話を宝大さんの友人や同僚から聞いた。

 息子は争いごとが嫌いだった。家族にも「これからの人生、有意義に過ごして」と言うだろう。そう家族で話し合い、今回の参加を見送った。

 それでも父親は「許したのではないです」と話す。「終生、心底許さないでしょう」

 訴訟に参加するほかの乗客家族と連絡は取り合っている。桂田氏は、自身の責任をどのように法廷で語るのだろうか。裁判には注目している。

 弁護団によると、訴訟に参加しない家族の理由はさまざまだという。今回は「第1次提訴」としており、後から他の乗客家族が加わる余地も残している。

 桂田氏の刑事責任は、業務上過失致死容疑での立件も視野に、第一管区海上保安本部(北海道小樽市)が捜査している。

 事故をめぐっては死亡した同社の甲板員(当時27)の両親も昨年、桂田氏や国に損害賠償を求めて提訴しており、東京地裁で係争中だ。(新谷千布美)

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