生成AI画像共有サイトで公開されている著作権侵害の疑いがあるアニメ画像

日本経済新聞は6日、生成AI(人工知能)と日本アニメをテーマにしたビジュアル調査報道コンテンツを掲載した。既存のアニメと特徴が似ている大量の画像が、画像共有サイトで公開されており、著作権侵害の疑いがある事実が分かった。生成AIはコンテンツのあり方を変えるイノベーションである一方、悪用すると権利侵害の危険をはらんでいる。取材班は画像証拠をもとにした調査手法(Visual Investigation)を用いて、NIKKEI Film「蝕(むしば)まれる日本アニメ 生成AI時代、横行する『新・海賊版』」とビジュアルデータ「氾濫する生成AIアニメ 9万枚調査で見えた権利侵害」を公開した。取材と制作の裏側を紹介する。

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約9万枚の画像を目視チェック

社内のニュースルームエンジニアと記者が連携して生成AI画像を分析した

ポケットモンスターのピカチュウや「ONE PIECE(ワンピース)」のルフィ、鬼滅の刃の竈門炭治郎――。インターネット上の海賊版コンテンツに関する調査を長年実施している電気通信大の渡邉恵理子教授を通じて知った、生成AI画像の共有サイトでアニメのメインキャラクター名を検索したところ、9万枚以上が引っかかった。対象のアニメタイトルは、知的財産(IP)の累積収入額ランキングなどの上位10位以内から選んだ。

オリジナル画像と照合 調査に弁護士の助言

弁護士と打ち合わせを重ねて権利侵害の実態調査を行った

既存アニメへの権利侵害があるかどうかを調べるにはどうすればいいのか――。取材班は裁判官として知的財産事件を数多く担当してきた三村小松法律事務所の三村量一弁護士、田邉幸太郎弁護士に協力を依頼した。まずは似ているかどうかの基準を定めた。アニメの公式サイトに掲載されているオリジナル画像を参考にし、複数の記者の目で9万枚のAI画像を一枚一枚チェックした。AI画像はオリジナルと完全に一致していないケースもあり、判断に迷う場面があった。弁護士の助言をもとにキャラクターの顔が多少異なっていても全体像が似ていれば分析対象に加えた。また変身形態があるキャラクターについては、変身後のイメージも同一キャラクターと判断した。3カ月かけて抽出した類似画像は約2500枚だった。

ウェブ記事に地図技術を応用 開発3カ月

ビジュアルデータ記事では、ウェブ上でキャラクター別に分類し表示する仕組みを取り入れた。写真は制作途中の様子

画像証拠をもとにした調査手法(Visual Investigation)を伝えるため、映像に加えてビジュアルデータ「氾濫する生成AIアニメ 9万枚調査で見えた権利侵害」も同時に掲載した。ただ2500枚もの画像をコンテンツ内で表示しようとするとデータ量が膨大になり、読者が日経電子版のサイトから記事を読み込むのに時間がかかる恐れがあった。ストレスなく閲覧できるように、スクロールに応じて表示する画像の解像度を変えるプログラムを採用している。拡大すると解像度が上がり、縮小した表示では低解像度になる仕組みだ。社内のニュースルームエンジニアが米グーグル(Google)などの地図アプリで使われている技術を参考にして3カ月かけて開発した。

テキストにコピーガード、過激画像にモザイク

プログラミング言語を使ってプロンプトとサイト名はコピーできないようにした
一部の過激な画像(中央)はモザイク処理した

生成時に使われたプロンプト(指示文)も1枚ずつ調べた。ニュースルームエンジニアと記者が連携して分析すると、9割の画像でプロンプトに対象キャラ名が入っていた。ユーザーは意図を持って生成した疑いが強まった。それらの画像を掲載する際にはサイト名とプロンプトも明記した。ただ詳細を報じることで権利侵害の恐れがある画像の作成方法が伝わり悪用される可能性があるため、プログラミング言語を使いテキストのコピーができないようにした。さらにプロンプトは一部のみ抜粋して記載した。また肌の露出が多い過激な画像についてはモザイク処理をして判別できないようにした。

生成AIの脅威と可能性を検証

生成AIは動画の領域に踏み出した。24年に入り、米オープンAIやグーグルが公表した生成AIの動画は世界を驚かせた。動画生成AIの技術を使えば、アニメが作れるのか――。取材班は実際の漫画から映像ができるのか検証をした。漫画家の佐藤秀峰氏の許可を得た上で、医療現場を描いた人気作品「ブラックジャックによろしく」の1巻目の数カットをAIに取り込んだ。社内のエンジニアは、英スタビリティーAIの「ステーブルディフュージョン(Stable Diffusion)」などいくつかの生成AIを利用し、セリフの削除と色付けを施し、さらに動きをつけた。原作では描かれていなかったコマとコマの間のつなぎの絵まで生成できた。調査や試行錯誤を除く制作時間は合計で3時間ほどだった。人間の作業を短縮化できるなどのメリットがあり、使いこなせば新たなアニメを作れる可能性がある。一方、著作権侵害疑いのアニメ画像ですら動かせてしまう危険性も感じた。

取材協力した漫画家の佐藤秀峰氏(中)
漫画「ブラックジャックによろしく」をAIでアニメ化した

「AI×ジャーナリズム」、欧米メディアが先行

世界の大手メディアは、AIの調査と活用について日本メディアよりも先行している。米ブルームバーグ通信は生成AIが作り出す画像に人種と性別のバイアスがあるかどうかを検証した。AIの報道活用の事例としては、衛星画像をAIで分析してガザ地区南部で大型爆弾が使われていたという事実を明らかにした米紙ニューヨーク・タイムズ(NYT)の記事が注目を集めている。同記事は2024年の「ピュリツァー賞」の国際報道部門を受賞した。

最先端技術は社会にあつれきを生むことがある一方、人々の生活をより良くできることも事実だ。急速な進歩を遂げるAI技術について検証と活用を考えながら、新たなジャーナリズムの姿を模索したい。

(山本 博文、岩沢 明信、中川 万莉奈、黄田和宏、小口隼、大須賀亮、坂井 爽太郎、千﨑 亮平、山田達、宮下啓之、碓井寛明、山田健太、山田剛、清水慶正、槍田真希子)

【出典】

「ブラックジャックによろしく」 著作者 佐藤秀峰

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