1994年6月に起きた「松本サリン事件」で、警察やメディアは発生当初から第1通報者の河野義行さんを犯人視し、批判を受けた。事件から30年が過ぎた今も、メディアの責任や役割を厳しく問う声がある。

 今月初め、事件が起きた長野県松本市で「報道と人権」をテーマにしたシンポジウムが開かれた。会場には約100人が集まり、熱気に包まれた。発生当時、信越放送でニュース報道に責任を持つデスク職だった元記者が、当時の報道を振り返る講演をして、市民や学識者らが語り合った。

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 「マスコミは相当、警察と癒着していた」。パネリストで元高校教諭の竹内忍さん(65)が指摘をした。事件発生の翌日、県警は被疑者不詳のまま、殺人容疑で河野さん宅を家宅捜索した。朝日新聞を含む報道各社は、警察からの情報などをもとに河野さんを犯人視する報道を過熱させた。

 竹内さんは、情報の受け手である市民に対しても「日々、人権感覚をアップデートしないといけない」と訴えた。

 これに対し、信州大名誉教授の又坂常人さんはマスメディアについて「知る権利に奉仕するためには、警察に密着して情報を引き出さざるを得ない」と主張。「萎縮せず、間違ってもいいから報道してほしい。そうしないと民主主義は死んでしまう」と語った。

 パネリストで元高校教諭の林直哉さん(67)はメディアが「河野さんに対する『冤罪(えんざい)』をつくり出した大きな責任」を指摘しつつ、こんな提言をした。「情報の送り手の『先輩』として、市民に技術や考え方を教えてほしい」

 林さんは事件当時、松本美須々ケ丘高校に勤めて放送部を指導していた。放送部は松本サリン事件の報道に関わった複数のテレビ局記者にインタビューして、反省や教訓を聞き出した。

 こうした経験を踏まえると、SNSが普及した現在は市民一人ひとりも「情報の送り手」といえると林さんは捉えている。

 シンポ後の取材に対し、林さんは、これまで「送り手」だったマスメディアは「立ち位置や社是をはっきりさせてから発信すべきだ」との考えを示した。

 さらに、米大統領選で偽情報が出回った例などから「SNSはまだ新しい道具で、社会のなかで使い方が習熟されていない」と指摘。マスメディアに対して「情報を伝えるノウハウを一般の人たちと共有して、ともに新しいコミュニケーションの土壌を耕していく必要がある」と求めた。(高木文子)

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