「生徒自らが服装を選ぶ」などの大胆な改革で知られた東京都千代田区の麹町(こうじまち)中学が、指導方針を転換した。一部の保護者から「保護者や子どもの意見を聞いておらず、一方的に決められた」との声もあり、国会でも取り上げられた。どのように方針が変わり、なぜこんなにも波紋が広がっているのだろうか。

◆「自律と自由を混同」?

千代田区立麹町中学校=同区平河町で

 波紋を呼んだのは、2023年度に就任した堀越勉校長の方針転換だった。  同校の配付資料などによると、2024年度の新入生から服装ルールを変え、学校生活では、指定の標準服や、無地のポロシャツなどの「新公式ウェア」の着用を基本とし、体操着も学校指定品の着用を基本とした。同校は理由を「服装は自由と誤って解釈してしまい、TPOに反した服装の生徒が多くみられ、様々な問題が繰り返し発生している」(在校生向けの配布文書)としている。  麹町中は、2014~2019年度に校長を務めた工藤勇一さんが、生徒の自主性を重視した大胆な改革を推進し、全国的に注目を集めた。服装はPTA制服等検討委員会で、保護者や子どもと一緒に検討し「TPOに合わせて生徒自らが適切な服装を選択する」としていた。固定担任制は廃止し、学年の全教員で学年の全生徒を見る「全員担任制」を採用した。定期テストは廃止した一方で、学習内容のまとまりごとに「単元テスト」を行い、本人が希望すれば再テストを受けられる制度を取り入れた。工藤校長は講演会で以前、「これからは何を学ぶか、どう学ぶかも自分で決めて、それを支援するのが学校だ」と話している。  同校の資料や保護者の話によると、現校長は「自律・尊重・創造」だった教育目標も「自律と自由を混同してしまい、相手を尊重する集団形成にも影響が現れてきました」(2024年5月の学校だより)として、「自主性 社会性 創造性」に変更した。「単元テスト」や「全員担任制」も見直した。

◆制服ルール変更「反対」「協議すべき」9割も…

 2022年に改訂された文部科学省の教員向け手引き書「生徒指導提要」では、校則見直しを「児童生徒や保護者等の意見を聴取した上で定めていくことが望ましい」とする。  しかし、一連の方針転換、特に服装ルールについて、保護者の一部からは「説明が一方的」「生徒や保護者の意見を聞いていない」という声も上がっている。  複数の保護者によると、昨年7月、学校は新入生保護者に対して、「新公式ウェア」の導入や、全員担任制の見直しなど方針転換が検討されているという情報を発表。説明を受けていなかった在校生保護者は昨年9月、校長や希望した保護者が語り合う「麹中カフェ」を企画した。保護者から「新公式ウェア」の導入について質問があったものの、学校側は「まだ検討段階」との返答だった。その4日後に「新公式ウェア導入」の通知があり、保護者は「聞いたことと違う」と不信感が募ったという。  保護者は「現在の服装ルールは、生徒と保護者が数年に渡る協議の上、ルール化したものなのに、急な変更でとまどった」と話し、学校と区教委に対して意識調査を依頼したが、回答は得られなかったという。PTAの有志は昨年「今回のルール変更は保護者・生徒と十分に協議することで、意見が反映されたものではない」として、在校生保護者らにアンケートを実施。服装ルール変更について「必要ない」と「協議すべき」が合わせて90%だった。  保護者によると、校長はアンケート結果について「服装については校長に権限があるため、結果を聞いたり反映したりすることはできない」と返答。区教委は取材に対し「学校が確認や承諾をしておらず、公式な調査ではない。配信されていない保護者もおり、学校外の人物にも拡散されている。結果については、一つの意見として受け止める」としている。PTA有志はアンケート結果を学校や区教委に提出した。  新年度から服装ルールは変更され、1年生は新公式ウェアの着用が基本となった。2、3年生はこれまで通り自分で選んだ服装で過ごしているが、TPOに応じた標準服着用が指示されているという。

◆ダンス部の活動内容変更「協議なく一方的に…」

 ダンス部の活動内容も、ヒップホップダンスから創作ダンス中心に変更された。保護者は「協議の場がなく一方的に、部活動の内容を変更した」と憤っている。保護者46人は5月下旬、ダンス部に対する学校側の対応が、「生徒の自主的・自発的な参加により行われる」とする「千代田区の運動部活動ガイドライン」に違反するとの文書を区教委に提出。7月12日までに回答するよう求めている。  保護者によると、ダンス部はこれまで週2回、ヒップホップダンス専門のコーチによる指導を受け、文化祭と体育祭で発表していた。しかし、4月に学校から「中学校体育連盟の大会を目指す」として、活動内容をヒップホップから創作ダンスに変更すると告げられた。文化祭と体育祭での発表の機会も失われた。突然の報告に、これまで文化祭の発表に向けてヒップホップを練習してきた子どもたちはショックを受けて泣き出し、過呼吸になった子どももいたという。  在校生の保護者は「バレエのような動きが基本となる創作ダンスとヒップホップは異なり、生徒たちは学校側の一方的な都合により、急に違う部活動に入部させられるのと同じ」と話す。生徒や保護者が抗議したことで、2、3年生の希望者は3年生の引退まで週1回のヒップホップの自主練習のみ認められた。  麹町中はホームページで「専門の指導者のもとヒップホップダンスを含め週2回の活動を実施しております」としている。しかし、複数の保護者によると「確かにダンス部は週2回活動しているが、ヒップホップは週1回の自主練習しか認められていない」。「指導者には、部活が終わる前に、自主練習の成果を見てもらう程度」だという。

千代田区立麹町中学校=同区平河町で

◆国会で「子どもたちが受け止められるのか」

 さらに麹町中はダンス部の活動内容変更について、文書で「全員が主役となれる団体演技への挑戦をめざし、中体連主催の公式大会を目指す方向性とした」「部活動では、基礎基本の動きを身に付けることが大切」と説明。文化祭での発表中止は「一部の生徒だけが出演している」との意見を受けたからだと釈明した。保護者は「全てが生徒主体ではなく、学校側からの一方的な強制による変更だ」と憤る。  「こういう転換を思春期の子どもたちが果たして受け止められるのか」。麹町中の方針転換について、国会でも疑問の声が上がった。5月21日の参院文教科学委員会で、伊藤孝恵議員(国民民主党)が「まさに校長の方針を尊重する。子どものことも保護者のこともこの中には不在」と指摘。ダンス部での活動制限について「泣き崩れて学校に出てこられなくなった子どももいると聞く」と述べた。盛山正仁文科大臣は「一般論としては」とした上で、「校則は、児童生徒や保護者とよく相談して、絶えず見直しをする必要があろうかと思う」と述べた。  麹町中の方針転換を巡っては、昨年9月や11月の千代田区議会でも複数の議員が「生徒や保護者の理解の機会が少ないようだ」「子どもに関することを子どもたち不在で決めないでいただきたい」とただしたが、区教委は「適切な話し合いなど、よりよい学校づくりに向けた取り組みを支援していく」などと答えるにとどめた。  在校生の保護者は、小学生向けの説明会で改革の見直しについて、校長から「これが普通です」「地域の人から麹町中を元に戻そうと言われている」と説明され「これまでの服装ルールは、それぞれの子どもの特性を配慮してくれている部分もあった。学校の主体は地域の人なのか」と、違和感を覚えた。上の子は既に麹町中に通っていたが、この説明会が決め手となり、下の子は私立中に入学させたという。

◆区教委「特別なことを行っているわけではない」

 区教委子ども部指導課の統括指導主事は「昨今の教育活動を整えてきたことも、現在の社会の情勢、現在の生徒の実態をもとに行ってきたものであり、特別なことを行っているわけではない」と主張。保護者に対しては学校運営協議会や保護者会、 PTA 主催の「麹中カフェ」等で、生徒に対しては、関わりの中での教職員の聞き取りや、生徒集会や学年集会等を通じて話し合いや説明の場を設けているとした。麹町中には区を通じて取材を申し込んだが、25日までに回答がなかった。

◆専門家「プロセス不透明」「子どもの権利意識が希薄」

 今回の学校の対応に問題はなかったのか。服装ルールの変更をめぐって一部の保護者から疑問が出ていることなどを受け、文科省が2022年に「生徒指導提要」を改訂した際の協力者会議座長で、日本生徒指導学会会長・OKC教育研究センター長、東京理科大学教授の八並光俊さんに取材したところコメントを寄せてくれた。全文は以下の通り。   ◇

八並光俊日本生徒指導学会会長(本人提供)

 今回の服装ルールの改正について、『生徒指導提要』(以下、『提要』)の観点から課題を述べてみたいと思います。  第一に、校則の教育的意義の明示不足です。同校の教育目標では、生徒の自主性と社会性の育成が掲げられています。校則は、その両者の獲得に大きく関連します。『提要』の前書きにもありますが、校則は生徒がルールを無批判に受け入れるのではなく、内面化し、「身近な課題を自ら解決するといった教育的意義を有するもの」です。その意味からも、学校が、新入生から新公式ウェア(以下、標準服)の着用を義務づけることの教育的意義を、生徒や保護者に丁寧に説明をし、理解してもらうことが大切だと思います。  第二に、TPO に合わせて適切な服装を選択して着用する服(以下、TPO選択服)から標準服に変更する合理的根拠の明示不足です。仮に、TPO選択服によって、生徒指導上の課題が生じたとすれば、その具体例を示し、「なぜ、今、標準服への変更が必要なのか」という生徒や保護者の疑問に対して、納得のいく合理的な説明をしなければなりません。学校は、全ての教育活動や評価について、生徒や保護者に説明責任をもっています。  第三に、ルール改正までのプロセスの不透明性です。標準服の採用決定までの手続きが、どのようなものであったか、生徒や保護者に示すのがよいです。たとえば、次のようなプロセスが考えられます。仮に、教員・保護者・生徒・地域住民からの服装の問題視やクレーム等があったということを、前提にします。 プロセスとしては
① 校長を中心とした教職員での議論
② 生徒・保護者・地域住民へのアンケート調査と結果の集約・公表
③ 生徒会を中心とした生徒による議論
④ PTAを中心とした保護者による議論 
⑤ 学校運営協議会での議論
⑥ 「①から⑤」を受けて教職員での再検討と方針決定
⑦ 決定事項に関する結果の公表と周知 が、考えられます。このような標準服へのルール改正に関して、生徒・保護者・地域住民に民主的プロセスを経たことを見える化することが重要となります。  第四に、子どもの権利意識の希薄さです。『提要』では、児童の権利条約とこども基本法を示しています。前者では、子どもの最善の利益を考えることと、子どもが意見を表明する権利をもっているという原則を示しています。後者では、「意見を表明する機会及び多様な社会的活動に参画する機会の確保」を記載しています。この観点から、校則の制定や改正における生徒の参画は、生徒の権利として、また、人権尊重からも必要だと思います。  『提要』では、生徒指導の定義や目的を明示し、児童生徒の成長・発達を支えるという発達支持的生徒指導を打ち出しました。また、令和5年に閣議決定された教育振興基本計画にも、発達支持的生徒指導の推進が掲げられました。学習指導においては学習指導要領が基本となり、生徒指導においては『提要』が基本となります。そのため、今回のルール改正についても、『提要』の観点から検討されてはどうでしょうか。 

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