太平洋にそびえる孀婦岩=海上保安庁提供

 伊豆諸島最南端にある活火山「孀婦岩(そうふがん)」周辺の噴火活動が注目されています。昨年10月に発生した謎の津波が、この噴火活動によって引き起こされたことがはっきりしてきたからです。5月下旬に千葉市で開かれた日本地球惑星科学連合の研究大会でも、観測や分析の結果が発表され議論されました。海底の火山活動の様子がこれほど詳しく分かるのは珍しいといいます。 (永井理)  「噴火で海底の地形が変化したことで津波が発生した可能性が高い」。発表会場は研究者や学生らで埋まりました。津波は昨年10月9日に発生。伊豆・小笠原諸島をはじめ、本州の太平洋岸でも観測され、八丈島では高さ70センチを記録しました。「謎」と呼ばれるのは発生原因がはっきりしなかったからです。  津波が起きたとみられる伊豆諸島の鳥島近海では、津波発生の直前にマグニチュード(M)4~5の中規模の地震が起きていました。この地震によって津波が発生したと考えたいところですが、ふつう、これほどの津波を起こすのはM6~7級以上の大きな地震です。そこが問題でした。

◆世界で初の確認

 鳥島南方にある孀婦岩の周辺では、中規模の地震が約1時間半の間に14回も集中的に起きていました。東京大地震研究所の研究チームでは、これらの地震によって発生した小さな津波が影響しあって大きくなったのではないかと考えました。  紀伊半島~四国の沖合の海底には、南海トラフ地震に備えて津波計のネットワークが敷かれています。チームでは、その計測データを分析して、14回の地震に伴って起きた津波の波の形を推定しました。  それらの波を重ね合わせてみると、実際に測定された津波そっくりの波が再現されました。地震が次々に起こったので、前後の津波が重なり、波の高さが約2倍になったのです。  チームの三反畑(さんだんばた)修・東京大地震研究所助教は「地震の発生間隔と津波の周期がちょうど合ったため波が大きくなった。複数の津波が重なって増幅される現象が確認されたのは世界でも初めて」と話します。  海洋研究開発機構では、地震を詳しく分析し、震源が孀婦岩の10~30キロ西の「孀婦海山」とよばれる海域に集中していることを突き止めました。  そこで津波発生の約1カ月後に、調査船「かいめい」を海域に派遣して海底の地形を調べました。その結果、海底に過去の火山活動でできたとみられる直径約5キロのくぼ地(カルデラ)があることが分かりました。

◆カルデラの変化

 同じ海域を1987年に米国の調査船が調べていました。そのとき測った地形と比べると、カルデラの北縁が最大400メートル落ちくぼんで、直径1・5キロほどの火口とみられる穴ができていました。また逆に、カルデラの底が全体として数メートル浅くなっていることも分かりました。  海上保安庁の調査では、2022年12月に穴はなく、24年1月にはできていました。地震と津波の発生した23年10月9日に、カルデラで噴火活動が起きて地形が急激に変化し、それにともなって地震と津波が起きたと考えるのが自然です。  海洋機構では、カルデラが隆起したことで海水が持ち上げられて津波が発生したと仮定し、どんな波が起こるかを計算しました。すると、実際に観測された津波と周期がよく一致することが分かりました。同機構の富士原敏也主任研究員は「孀婦海山の噴火によるカルデラの地形変化が津波を引き起こしたとすると観測された津波を説明できる」と話します。  さらに、防災科学技術研究所の久保田達矢主任研究員と三反畑さんらは津波の分析から、カルデラが14回にわたって計約3メートル隆起したと推定しました。  同じ伊豆諸島の須美寿(すみす)カルデラで、地下のマグマの圧力によってカルデラの底が持ち上がる「トラップドア断層破壊」という現象で津波が発生した例もあります。三反畑さんは「今回も同じような現象が起きた可能性がある」とみます。  今回は、津波が重なるという珍しい現象が起きたことで海域が調査され、海底火山の活動の一端が分かりました。しかし、深い海の底にある海底火山は、活動のようすが陸上の火山ほど詳しく分かっていません。  「カルデラが浅くなった原因は地盤の隆起だけではなく、火山の噴出物がたまるなど別の要因もあるかもしれない」と富士原さん。津波のメカニズムをはっきりさせるには、さらに調査や研究が必要だといいます。

<孀婦(そうふ)岩> 東京の南方約660キロの太平洋に突出している奇岩。高さ約100メートル。上昇する途中で固まったマグマが、火山が浸食されて現れたと考えられている。岩の下には大きな海山があり、2003年に活火山と認定された。




鄭重声明:本文の著作権は原作者に帰属します。記事の転載は情報の伝達のみを目的としており、投資の助言を構成するものではありません。もし侵害行為があれば、すぐにご連絡ください。修正または削除いたします。ありがとうございます。