長持唄をうたう佐藤正信さん(右)に先導され、「嫁入り」行列する新婦・佐々木梨乃さん(左)。手をとっているのが「ナコドガガ」役の三品舞子さん。奥に震災遺構・荒浜小学校が見える=2024年6月9日、仙台市若林区荒浜、石橋英昭撮影

 東日本大震災の津波でまちが流され、人が住めなくなった仙台市若林区荒浜で9日、この地に伝わってきた昔ながらの婚礼行事があった。ふるさとの伝統を残したいという、元住民らの思いを聞いた新郎が自ら提案し、実現した。

 式を挙げたのは大崎市の自営業、佐々木(畠山)紳悟さん(30)、会社役員の梨乃さん(30)。色打ち掛け姿の梨乃さんが、ナコドガガ(仲人の妻)に付き添われ、長持唄のうたい手に導かれて、荒浜の道をしずしずと「嫁入り」行列。羽織はかまの紳悟さんに迎えられると、オシャクシサン(司会者)の差配のもと、三三九度の杯で夫婦(めおと)の契りを交わした。

神官役の貴田喜一さん(左)から三三九度の杯をいただく新婦・佐々木梨乃さん、新郎・紳悟さん=2024年6月9日、仙台市若林区荒浜、石橋英昭撮影

 会場になったのは、海の近くの「荒浜里海ロッジ」。元住民の貴田喜一さん(78)が津波で被災した自宅跡に建て、人々の交流の場所になってきた。紳悟さんは荒浜出身ではないが、学生時代からロッジにかかわり、環境保護のイベントを開くなどしてきた。

 婚礼には、ロッジに集う仲間が協力。荒浜の元住民に昔の慣習を聞き取り、民俗資料も調べたという。式に参列した長老の佐藤豊さん(87)は「芸事が好きな衆が来ては、歌や踊りを披露して酔っ払ったもんだ」。約60人が集まったこの日の宴でも、和太鼓の演奏などがあった。

 式を終えた梨乃さんは「緊張しました」。紳悟さんは「荒浜は悲しいことが起きた場所だったけれど、13年がたち、ようやく祝い事ができるようになったんですね」と話した。(編集委員・石橋英昭)

和太鼓グループの演奏を聴く新郎新婦=2024年6月9日、仙台市若林区荒浜、石橋英昭撮影

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