広告であることを明示せず、口コミを装って商品やサービスを宣伝する「ステルスマーケティング(ステマ)」に当たるとして、消費者庁が東京都内の医療法人に、不当表示をやめるように求める措置命令を出した。昨年10月にステマ規制が導入されてから、初の行政処分となる。まぎらわしい「やらせ」の広告防止への一歩になるだろうか。(山田雄之、岸本拓也)

◆「星1が9割」から一転「星5が9割」

 処分されたのは「マチノマ大森内科クリニック」(大田区)を運営する医療法人社団「祐真会」(同)。消費者庁は7日、景品表示法が禁じるステマ広告をしたとして、表示の取りやめと再発防止を求める措置命令を出したと発表した。

措置命令を出した消費者庁のX(旧ツイッター)のスクリーンショット

 消費者庁によると、クリニックは昨年10月2〜17日、インフルエンザワクチン接種のために来院した人に、インターネット上の地図サービス「グーグルマップ」の投稿欄にある施設評価で、最高点の星5か4を付けるように依頼。見返りに接種費用から550円を割り引くことを受付で伝えていたという。  同庁の分析では、依頼開始前までは、投稿は計184件で、星5の評価は9件にとどまり、9割以上が星一つだった。依頼期間中は一転、269件もの投稿が寄せられ、星5が9割近い232件に上った。同庁は星5のうち45件をステマと認定した。

◆来院者「こんなことしなくても」

 「こちら特報部」記者が当時の投稿をさかのぼったところ、「口コミで星5を投稿すると料金値引きするというサービスを推されました」と見返りを示唆するような内容もあった。

マチノマ大森内科クリニックのグーグルマップの口コミ評価(左上)(一部画像処理)

 どんなクリニックなのか。記者は10日、現地に向かった。3階建てのこぎれいなショッピングモール内に、クリニックはあった。  窓ガラスには「365日21時まで診療」とうたうポスターが張られていた。取材に対し、処分については「何もお答えできない」という対応だった。  クリニックに通う50代女性は「毎日遅い時間まで診療して頑張っているのに、こんなことしなくても。信用できなくなる」と首をひねる。自身も美容院や飲食店を探すとき、グーグルマップの口コミを参考にするといい「注意しなきゃいけないですね」と話した。

◆「都市部は口コミで選ぶ傾向がある」

 ステマは消費者が広告と気付かず、第三者の意見として受け入れてしまう恐れがあるため、消費者庁は昨年10月に規制を始めた。景品表示法が禁じる不当表示の類型に新たに指定し、事業者の宣伝であるにもかかわらず、「広告」と明記しない場合は違反に当たり、措置命令の対象とした。交流サイト(SNS)でフォロワーが多い「インフルエンサー」が企業からの依頼を伏せて個人の感想としたり、一般の口コミを装ったりして宣伝するケースなどを想定している。  今回のクリニックのステマについて、NPO法人医療ガバナンス研究所理事長で医師の上昌広氏は「都市部は口コミ評価で医療機関を選ぶ傾向が強い。効率的に集客を図るために、評価を上げようとしたのだろう」と推察する。  グーグルマップ上の投稿欄を巡っては、誹謗(ひぼう)中傷など不当な口コミが削除されなかったとして、医師らが4月、運営する米IT大手グーグルに損害賠償を求め、東京地裁に集団提訴する事態にもなっている。

◆「医療の評価は素人には難しい」

 上氏は「受付や接遇の対応は誰でも評価できるが、医療行為への評価は専門家でなければ難しい。本来は医療機関への口コミは的外れだ」と指摘。「どの医師に診てもらうかは、生死に関わる局面もある。あくまでもネット情報は『参考』に止め、かかりつけ医ら専門家の意見を仰いでほしい」と呼び掛ける。  ステマが問題視され始めたのは2012年ごろからだ。ネットオークションサイトで入札参加者が手数料をだまし取られた事件が発生。芸能人らが報酬を受け取って、そのサイトを宣伝していたことが発覚した。飲食店の口コミサイト「食べログ」でも、飲食店がやらせ業者に対価を支払い、自分の店が有利になる書き込みをさせていたことが明るみに出た。

◆初の処分、「抑止効果」に期待

 消費者心理に付け込み、合理的な判断をゆがめるステマだが、日本の規制は海外より緩かった。龍谷大のカライスコス・アントニオス教授(消費者法)は「OECD(経済協力開発機構)加盟国で経済規模が上位の国のうち、ステマ規制がなかったのは日本だけで、『ステマ天国』と言われていた」と指摘。「昨年10月の規制導入は、消費者保護に向けた第一歩」とし、「今回初の処分が出たことで、同様のステマ行為への抑止効果が働くだろう」と期待する。  ネット広告の問題に詳しい染谷隆明弁護士も「業界によって多少の意識差はあるものの、ステマ規制ができたことで、広告主や代理店側に、広告やPRであることを明示する意識が浸透してきた」と規制の導入効果を評価する。

◆インフルエンサーは規制対象外

 一方で規制の課題も。景品表示法に基づく日本のステマ規制の枠組みで、規制対象となるのは「自己の商品やサービスを提供する事業者」だけだ。SNSで影響力を持つインフルエンサーやステマを請け負うブローカーなど、第三者は対象とならない。

消費者庁が作ったステマに関するガイドブック

 マーケティング会社「サイバー・バズ」と調査会社「デジタルインファクト」の調べでは、23年のインフルエンサー広告の市場規模は741億円。27年には1302億円になると予想されている。22年の国の調査では、ステマを依頼された経験のあるインフルエンサーは41%に上った。  広告表示を巡っても、例えば、事業者から商品の無償提供を受けたインフルエンサーらが「自らの意思」で感想を投稿した場合は「広告」と明示する必要はない。投稿内容が自主的かどうかを外形的に判断するのは難しく、消費者庁はステマかどうかの判断は「ケース・バイ・ケース」としている。

◆プラットフォーマーは二極化

 カライスコス教授は「欧米では、消費者を誤認させる恐れがあるかどうかを判断し、インフルエンサーらも規制の対象にしている」とし、「日本でもステマ行為に対する課徴金の導入や、インフルエンサーら投稿者を規制対象にするなど、法改正を含めた議論が必要」と説く。  ステマ問題を語る上で避けて通れないのが、ネット上の基盤サービスを運営し、書き込みの場を提供するグーグルなどの「プラットフォーマー」の対応だ。今回の処分も先述の医師らの集団提訴も、グーグルマップへの口コミ投稿が取り沙汰されている。

スマホを操作する男性(イメージ写真)

 ITジャーナリストの三上洋氏は「口コミの投稿をきちんとチェックするところもあれば、グーグルのように投稿の管理に消極的なケースもあり、プラットフォーマーの対応は二極化している」とみる。

◆「悪評削除」を持ちかけるケースも

 三上氏によると、多数のアカウントを作ってグーグルマップの口コミに飲食店の悪評を大量に投稿し、その被害者に「悪評を削除する」と持ちかけてコンサル料を取る悪質なケースも問題になっているといい、対策は必須との考えを示す。  三上氏は「誰もがスマホを持ち、プラットフォーマーの口コミを参考にするようになった。その公共性は極めて高く、問題のある投稿を放置するということは許されなくなってきた。消費者保護の観点から、広く規制の網をかける必要性は高まっている」と主張する。

◆デスクメモ

 グーグルマップで弊社にも、少ない件数ながら点数が付いている。星5も1もあるが、何を評価しているのかさっぱり分からない。対象が役所だろうがコンビニだろうが、基準不明の評点を放置しているプラットフォーマーは何なのか。悪用を防ごうという責任感は伝わってこない。(北)


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