ピアノが、生きる気力を与えてくれた。  がんが見つかり、「余命1年」と告げられたピアノ講師伊藤裕子さん(47)=福井県。「何をやっても無駄」と絶望し、ピアノから離れかけたが、徐々に日常を取り戻し、「最期までずっと弾いていたい」と思えるように。既に宣告から2年以上。6月29日、支えてくれた友人の佐藤史子さん(46)=東京都=とともに都内でコンサートを開く。(奥野斐)

2023年のコンサートで演奏する伊藤裕子さん=本人提供

◆「どうせ私は…」手放しかけたピアノ

 伊藤さんが突然の嘔吐(おうと)など体調不良に襲われたのは2022年3月。1カ月後、ステージ4の小腸がんと分かり、医師から「治療をしても余命は1年ほど」と告げられた。「全てを諦め、どうせ私は死ぬのだからと、生きることを手放すような気持ちだった」  福井県で開くピアノ教室を休講し、入退院を繰り返す日々。投薬治療の副作用で指先に痛みやしびれが出て、ピアノに向き合う気が起きない時もあった。  支えとなったのが、看護師の傍らピアノの演奏活動を続ける佐藤さん。2人は17年、音楽の都ウィーンでピアノ演奏などを学ぶ2週間の短期留学で知り合った。若い学生の参加が多い中、「年齢が近く、子どももいて働きながらピアノを続けている者同士、意気投合した」と佐藤さん。帰国後も伊藤さんが上京した際に顔を合わせた。

◆励ましで再起、指導も再開

2人の出会いやコンサートについて話す伊藤裕子さん(左)と佐藤史子さん

 佐藤さんの励ましもあり、少しずつ日常を取り戻した。ピアノも再開し、「何か目標がないとつぶれてしまいそう」で、各地のコンクール出場を目指して練習を始めた。1年半で10回以上のステージに立った。昨夏は個人演奏会も開いた。  今は治療を続けながら、約30人の生徒を教える。体調のよくない日もあるが、「ピアノに向き合う時間は病気のことを忘れられる」という。そんな姿を佐藤さんは「病と副作用と闘いながら演奏するのは並大抵ではない。彼女の生き方をサポートしたいし、その頑張りを多くの人に知ってほしい」と話す。  今年8月、オーストリア・ザルツブルクの演奏会に参加し、2人でピアノを演奏する。その前に東京でと、今回のコンサートを企画した。モーツァルトやドビュッシーなどの全6曲を、ソロとデュオで披露する。

◆ショパンに思い重ね「諦めなかったから、今日がある」

 曲目に入れたショパン(1810~49年)の「舟歌」は、伊藤さんが病を得て捉え方が変わった曲だ。ベネチアのゴンドラ漕(こ)ぎの歌を基にした作品とされ、寄せては返す波のように、美しく雄弁に語るメロディーが特徴という。「39歳で早世したショパンの晩年の曲。死を悟りながらピアノに向かうショパンが、今の私に寄り添ってくれているように感じる」  余命を告げられて、2年以上が過ぎた。「言葉ではなく音楽で、思いを伝えることができたらうれしい。聴いてくれる人の感覚で私の状況を受け止めてもらえたら」と演奏を続ける。  「生きることを諦めなかったから、今日がある。この先の自分がどうなるか心配すればきりがないけれど、目の前の1秒を輝かせることに全力を尽くしたい。こんな人生があることも知ってほしい」  ◇   コンサートは6月29日午後7時から、荒川区東日暮里の「日暮里サニーホール」で。2500円。定員100席。事前予約は東京国際芸術協会=電03(6806)7108=へ。 

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