世界自然遺産・知床の知床岬で工事が進む携帯電話基地局の建設現場近くで、国の天然記念物で絶滅危惧Ⅱ類のオジロワシが営巣していることが研究者の指摘でわかった。繁殖や生息への悪影響が懸念され、環境省は対応の検討に入った。臨時の知床世界自然遺産地域科学委員会(中村太士委員長)を開く可能性も出てきた。

 猛禽(もうきん)類の研究者で東京農業大学生物産業学部の白木彩子准教授が、知床半島先端部で繁殖するオジロワシの2組のつがいへの影響を科学委に指摘した。

 繁殖期のオジロワシは営巣木のある森と餌場となる海岸線の間を頻繁に往来するが、その行動圏内でも特に利用されるエリアで、太陽光パネル設備やケーブル埋設の工事が秋まで続く。

 このうち知床岬に最も近い場所で営巣する1組のつがいは、複数ある営巣木の1本が太陽光パネル設備の100メートル以内にあるという。

 知床が世界自然遺産として認められた「顕著で普遍的な価値」は、海氷を起点に海、川、森が食物連鎖でつながる「生態系」と「生物多様性」。生物多様性では知床をシマフクロウや海ワシのオオワシ、オジロワシなど国際的に希少な種の繁殖地や越冬地とし、「これらの種の存続に不可欠な地域」と記されている。

 知床岬は環境省が管轄する国立公園の特別保護地区でもあることから、白木准教授は「事業規模要件では法アセスの対象外でも、生物相や自然環境を調査し、事業による生物や生態系への影響の査定を計画段階で絶対やらなくてはいけないエリア」と指摘する。

 そのうえで、「影響評価も実施されずに事業が進められることにはおおいに疑問がある」とし、工事後も定期的な保守点検や補修などで継続的に人が出入りすることからオジロワシを含めた生態系全体への影響を危惧している。

 一方、総務省が主導する知床岬での基地局計画について、科学委が環境省から初めて報告を受けたのは昨年8月の第1回会議だった。国立公園内での基地局設置には自然公園法に基づく許可が必要だが、環境省の配布資料には「厳密に審査する」「大規模な新規工事には該当しない」という二つの文章が並んだ。

 これでは審査の前に大規模工事には「該当しない」との結論が出ていることになり、委員から整合性が取れていないと指摘された。中村委員長は「出来レースのようにも読み取れる」「くれぐれも普遍的価値に影響を及ぼさぬように」とクギを刺した。

 今年2月の第2回会議では、規模の大きさを疑問視する委員の問いに、環境省は「規模は小さくないが、顕著な普遍的価値への影響はないという整理になっている」と報告。中村委員長は「奇妙な事業。今日は報告として聞いておく」との言葉を残し、閉会した。

 議論がない中、科学委が太陽光パネル設備の規模や2万6千平方メートルという工事の総面積を知ったのはごく最近だ。

 太陽光パネル設備は約7千平方メートル、フェンス外側の作業用地を含めると約8400平方メートルになる。ケーブル類は約2キロに埋設するが、掘り起こした土砂の置き場や運搬車の通路を確保するには約10メートルの幅が必要で、これによって作業路は1万4千平方メートルに膨らむ。

 知床半島でのオジロワシの生息・繁殖状況は遺産登録時からモニタリングされ、データは環境省にも共有されている。ケーブルの埋設工事では掘削や踏みつけが広範囲にわたり、希少な植生へ与える影響は少なくない。

 知床で学術調査にあたったことのある研究者からは「岬では小さな装置一つ設置するにも細かく指摘してくる環境省が、なぜこんな工事を認めるのか」「科学委で議論されずに計画が進んでいる。つじつまが合わないことが多すぎる」といった声が聞かれる。

 一方で、「知床岬の計画は保留にし、他の3基地局の通信状況をみて建設の必要性を判断してもいいのではないか」といった意見もある。

 現在、知床岬の工事はいったん停止している。科学委は毎年度2回開催するが、臨時で開くことは異例だ。(奈良山雅俊)

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