本は好き、だけど…
川崎市に住む小学6年生の片山優茉さんは、幼いときから目がほとんど見えず、今では全く見えません。
そんな優茉さんの趣味は、点字の本を読むこと。
片山優茉さん
「月に2、3冊は読んじゃいます。作者が工夫を凝らした言葉や表現を知るのが楽しいです」
指で触れ、凸凹が付いたイラストを読み取る「触図」の本もありますが、優茉さんにとっては指で触って絵を想像することは難しく、「本に絵はいらない」と考えていました。
障害あってもなくても楽しめる絵本
そんな優茉さんが楽しめる絵本が4月、発売されました。
絵本「まんじゅうこわい」
古典落語の「まんじゅうこわい」をもとに、障害があってもなくてもみんなで楽しめるように工夫された「ユニバーサルデザイン」の絵本です。
ある日、長屋に住む若者たちが、自分がこわいと思うものを言い合います。
「ウマ」「アリ」「ムカデ」「ヘビ」など、若者たちが口々に挙げていると、そのうちの1人の男が「まんじゅうがこわい」と言って寝込んでしまいます。
それを見た若者たちは、さらに男を怖がらせようと、枕元にまんじゅうを置きますが・・・
男は嬉しそうにまんじゅうをほおばり、若者たちはだまされたことに気付くというオチです。
“模型”を使ってみんなで楽しむ
絵本には、点字や凸凹を付けたイラスト「触図」が施されています。
さらに大きな特徴が、若者たちが「こわい」と言い合うムカデやアリ、ヘビなどを模型にして、触りながら読み進められること。
絵本に載せられたQRコードを読み取ると、3Dプリンターの設計図をダウンロードでき、3Dプリンターが配備されている盲学校などの施設で印刷できるようにしているのです。
設計図でダウンロードできる模型は全部で26種類。
もちろん、まんじゅうもあります。
絵本はクイズ形式になっていて、長屋の若者たちが「こわい」と話すのがどんな生き物なのか、点字や触図のヒントを頼りに考えていきます。
優茉さんの反応は?
アリが怖いと話す男のページには、だんごに群がるアリの触図が施されていて、優茉さんは触図を触りはじめました。
「なにかの虫かな…?足が1、2、3、4、、8本? クモか!」
長い触角を8本目の足だと勘違いし、アリをクモと間違えてしまいました。
優茉さんは、これまでアリという虫について聞いたことはあっても、詳しく触ったことはありません。
そこで、3Dプリンターで印刷したアリの模型が登場。
(優茉さん)
「足が細くて、体は丸い・・・」
(父)
「この長いのが触角だよ」
(優茉さん)
「えー!こんなに長いの?」
(父)
「そう。そして、この大きな牙が口」
(優茉さん)
「これ?へー!」
さらに、
「足がいっぱいのムカデ。細長いヘビ・・・」
優茉さんの指が、模型と触図を行ったり来たりします。
イメージが膨むと、疑問も湧いてきます。
「ヘビは細長い体でどうやって動くの?」
そして、ムカデが出てくるページでは、妹にムカデをこっそり肩に乗せられびっくりして大笑い。
若者たちが集まった長屋の模型もあり、家族で長屋の構造や、家具の置き場所などについて楽しく話しました。
優茉さん
「模型があることで、絵を理解することの大切さに気がつくことができました。そして、この本を一緒に囲めばみんな楽しいし、私の障害のことをもっと知ってもらえると思いました。こういう本がもっとたくさんできればいいと思います」
企画したのは落語家
この本を企画したのは、落語家で落語ユニバーサルデザイン化推進協会代表理事の春風亭昇吉さんです。
昇吉さんがこうした落語の絵本を作りたいと考えた背景には、東京大学の学生時代にボランティアで盲学校で落語を披露した経験がありました。
笑ってもらえるか不安でしたが、やってみると想像以上の反応が返ってきました。
落語家 春風亭昇吉さん
「子どもたちが腹を抱えて笑ってるんですよ。もう、今までに経験したことがないくらいウケにウケて。終わったあとに『どうだった?』って聞いたら『めちゃくちゃおもしろかった!』って言ってくれました。別の子どもからは『声が聞きやすかった!』とも言われ、涙が出るほどうれしかったです」
当時、落語家になるべきか悩んでいたという昇吉さんでしたが、この一言で、落語家になる決意を固めました。そして、
「こういう境遇にいる子どもたちを、もっと楽しませたい」
と心に誓いました。
視覚に障害がある人が本当に楽しめる絵本を
昇吉さんは尊敬する漫画家の赤塚不二夫さんが作った点字の絵本にヒントを得て、落語の点字絵本を出したいと考えてきました。
落語家になって20年あまり、自身の講演会などで言い続けてきたところ、去年、思いを知った人から出版関係者を紹介され、書籍化に向けて動きだしました。
その中で、視覚に障害のある人が本当に楽しめる絵本について専門家に相談。
3Dプリンターで模型を作るというアイデアにたどり着きました。
いろんな人がいるからおもしろい
「落語とはつまり、優しさと多様性の肯定と言うことになると思います」
昇吉さんは、様々な特性を持ったキャラクターが登場する落語には「多様性を認め合う」というメッセージが含まれているものが多いと考えています。
それを絵本にすることで、誰もが楽しめるものになるのではないかと考えています。
春風亭昇吉さん
「落語の中には、そそっかしい人だとか、酒が好きな人、ぼーっとしている人、ケチな人、誘惑に弱い人だとか、いろいろな人が出てきます。でも、だからこの世界は面白いんでしょう、と。みんな同じより、いろいろな人がいた方が面白い。そういった世の中の多様性を肯定するのが落語だと思います」
絵本を通じて落語に興味を持ってもらい、性格や障害、国籍などさまざまな違いを認め合う気持ちを育むきっかけになってほしいと願っています。
「社会を変えたいとか、大それたことは考えていません。でも、この本は『目が見えないからあんたはこっち』、『見えるからあんたはこっち』って分けるんじゃなくて、みんなでこの本を囲んでほしい。お互いを認め合うきっかけになってほしいんです」
増える点字付き絵本 さらに工夫を
障害のある人も楽しめる絵本の出版は増えつつあり、東京・杉並区の今川図書館では5月8日から21日まで、世界各国のバリアフリー児童図書を集めた展示会が開かれています。
視覚障害がある人に向けた点字の絵本のほか、文字を把握するのが難しい人が楽しめるようスマートフォンでQRコードを読み取ると読み聞かせの音声が流れる絵本、それに、障害についての理解を深めるストーリーの絵本など、22の国からの40点が並んでいます。
展示会の実行委員長をつとめる公認心理師の攪上久子さんによると、日本の障害のある人が楽しめるバリアフリーの児童図書は、採算を上げることが難しいために出版できる会社が限られていたり、当事者の親など個人が作ったりしています。
そのため、国内では10年ほど前までは点字付き絵本の出版がなかった年も。
それが、2016年に障害者差別解消法が施行されたことなどをきっかけに、出版数は増加傾向となっていて、点字付きの絵本を所蔵する図書館の数はこの10年で3倍以上になったということです。
一方で、ヨーロッパなどでは、国がバリアフリー図書の出版や販売を支援しているところがあるということです。
展示会の実行委員長 攪上久子さん
「こうした本への関心が高まっているのは好ましい状況です。ただ、点字や凹凸のついたイラストだけでは理解が難しい子どもも多く、まだまだ工夫できるとも感じています。国と民間が協力しながら、もっと多様な絵本が子どもたちの手に届ける必要があると感じています」
障害のあるなしに関わらず楽しんでもらおうと企画された今回の絵本「まんじゅうこわい」のように、独自の工夫を盛り込んだユニバーサルデザインの本が、今後も多く出版されるか注目されます。
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