欧州で空調関連企業のM&A(合併・買収)が活発になっている。地球温暖化の影響で夏場の猛暑に悩まされる事態が年々増え、エアコンに頼らない現地の生活スタイルに変化の兆しがあるためだ。新たに生まれた空調需要の争奪戦が熱を帯び始めた。

1兆2000億円で「白くま」を傘下に

「財布のひもの固さで知られる独ボッシュが巨費を投じて『白くま』を欲しがるとは」――。在欧の日系空調メーカー担当者らが驚きをもって受け止めたのが、7月下旬の日立製作所と米ジョンソン・コントロールズ・インターナショナル(JCI)の家庭用空調合弁会社に対する、ボッシュの買収提案だった。

買収額は74億ユーロ(約1兆2000億円)。1886年創業で非上場を維持してきたボッシュにとって「過去最大の金額」(シュテファン・ハルトゥング取締役会会長)だ。しかも売上高の6割超を占める主力事業の自動車部品ではなく、2割程度の家電関連だったことも想定外だった。

買収対象の合弁会社は日立の家庭用エアコンブランド「白くまくん」を手掛ける。当の日立は事業再編の一環で2015年にこの合弁会社に空調事業を切り出しており、出資割合はJCIが6割、日立4割だ。つまり日立は、空調はさほど成長しないとして他社に主導権を渡す選択を9年前にしていたわけだ。

今回、ボッシュは日立とは逆の選択をした。ボッシュだけではない。23年4月、米空調大手のキヤリア・グローバルはドイツの複合企業フィースマンの空調子会社の買収を決めている。買収金額は120億ユーロ(約1兆9000億円)とこちらも巨額だ。

ハルトゥング氏は日本経済新聞の取材に「伝統的な暖房からエアコン技術へと移行する巨大市場が欧州にはある」と買収の理由を説明する。夏が暑くなり、戦略が変わったのだという。

欧州では長らく、空調機器で室内を冷やすという文化がなかった。高緯度で湿度がそれほど高くないため、8月の屋外でも木陰に入れば涼を得られる。熱を通しにくい石造りの家が多く、窓を開けて風を通したり、扇風機で換気したりすれば、夏を過ごせた。

しかし地球温暖化は、欧州の夏を変えた。欧州連合(EU)の気象情報機関コペルニクス気候変動サービスの調査によると、欧州の夏季気温(6〜8月の平均値)は1991年から30年間の平均でセ氏18.8度。この気温を15年以降の9シーズンは連続で超えている。

とりわけ22年夏に欧州を襲った熱波の影響は大きかった。スペインやポルトガル、英国などの各都市で最高気温が40度を突破。熱中症や慢性疾患の悪化による救急要請が各地で相次いだ。

バルセロナ世界保健研究所などは、欧州での22年夏の暑さによる死者が6万1000人を超えたとの調査結果をまとめている。同研究所は継続して調査に取り組んでおり、23年夏も5万人に迫る死者が出た可能性があるという。

猛暑は人々の空調意識を変えつつある。独スタティスタによると、22年の欧州のエアコン販売は21年比1%減だったが、23年に一気に22年比15%増の86億8000万ドル(1兆3000億円弱)。29年には同1.7倍の129億7000万ドルに達する見通しだ。

競争の舞台はヒートポンプ

「暑さ」だけではなく「寒さ」も変化を迫っている。これまで欧州で空調といえば冬場の暖房であり、器具として普及しているのは、ガスや石油でボイラーを動かし住宅全体を暖めるセントラルヒーティングだ。22年のロシアのウクライナ侵略で、ロシアからのパイプライン供給が途絶え、天然ガス価格が上昇。欧州各国は政府主導で、電気で空調するヒートポンプなどへの切り替えを進めている。

日本の空調機器メーカーは世界トップレベルの高効率ヒートポンプ技術を実現し、欧州でも大きな存在感を示してきた。まさに新需要を巡る企業間競争の当事者だ。

世界最大手のダイキン工業はボッシュの動きに目を光らせる。「JCIと日立は米国中心だったが、戦う地域が増える。ボッシュが(買収によって)消費者向け製品のラインアップに空調をそろえる。脅威ではない、とはとても言えない」(幹部)

ダイキンは3億ユーロ(約480億円)を投じ、ポーランドにヒートポンプ暖房を生産する工場を建設中だ。対するボッシュも約2億5000万ユーロを投資し、同じくポーランドに新工場を設ける構えだ。

環境規制も競争の構図を複雑にしそうだ。EUは23年10月、冷媒にフッ素ガスを使ったエアコンなどの現行製品を、25〜35年にかけて段階的に販売禁止とすることで合意した。三菱電機は4月、フランスのエアカロを買収したが、同社は冷媒使用量が少ない水空調とよぶ機器の製造販売会社だ。

日本では成熟しているとみられた空調市場だが、地球環境とエネルギー資源の力学が欧州を変えつつある。今後、同様の動きが中東、アフリカ、アジアにも広がり、M&Aの中心に日本企業がいる可能性も否定できない。

(フランクフルト=林英樹、仲井成志)

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