海底にはニッケルや銅、コバルト、マンガンの塊が何兆個も広範囲にわたって分布している。企業は長い間、これら海底鉱物資源の採掘を待ち望んできた。

東太平洋のクラリオン・クリッパートン海域で海底採掘をするカナダのザ・メタルズに抗議する環境保護団体グリーンピースのスタッフ=ロイター

「重要鉱物」と呼ばれるこれら鉱物は、世界経済の電化を進め、化石燃料への依存度を減らしていくうえで大量に必要となるからだ。

だが国連機関の国際海底機構(ISA)は、いまだに採掘をどう規制すべきか模索中だ。一部の環境団体は採掘の全面禁止を求めている。

ISAは7月29日〜8月2日にジャマイカで会議を開き、これらの問題を巡り採掘支持派と反対派が議論する(編集注、本記事は7月28日付で書かれた)。だが参加する160強の国々の中で、中国以上に同会議の結果に関心を抱いている国はほぼない。

重要鉱物の需要、2040年には20年の倍以上に拡大

国際エネルギー機関(IEA)の予測によると、重要鉱物の需要は2040年までに20年比で2倍以上に拡大する可能性がある。中国がその主因だ。

中国は世界の太陽光パネルや電気自動車(EV)、EV向け電池の大半を製造しており、そのすべてにこれら鉱物が必要だ。フィンランドのシンクタンク、エネルギー・クリーンエア研究センターによれば、中国の23年の国内総生産(GDP)の伸びの40%はクリーンエネルギー産業によりもたらされた。

しかし、中国は重要鉱物の多くを輸入に頼っている。マンガンは南アフリカとガボン、オーストラリアから、コバルトのほとんどはコンゴ民主共和国、ニッケルの大部分はフィリピンとインドネシアからといった具合だ。

中国指導部はこの輸入依存度の高さを懸念している。これら国々の政治的混乱や、米国など競合する国による圧力で供給に支障を来す恐れがあるためだ。中国の国家情報機関は、重要鉱物を巡る争奪戦を「今や世界の超大国間の戦略的覇権争いの最前線」とみなしている。

中国政府高官らは、重要金属を石油やガスと並ぶ中国の未来に不可欠な資源と位置づけている。深海での採掘が可能になれば、これら資源を安定的に確保できる。しかも採掘場所は他国の主権が及ばない国際水域だ。

中国の習近平(シー・ジンピン)国家主席は16年に、中国は海洋の「隠された宝」を確保しなければならないと語った。

ISAへの最大の資金拠出国として影響力強める中国

ISAは国連海洋法条約(UNCLOS)に基づき、国際水域の海底に対する管轄権を有する。そのため中国は何年もISAでの影響力を強めてきた。

ISAの活動資金はおおむね加盟国の分担金で賄われており、中国は最大の拠出国だ。20年には中国東部の港湾都市、青島にISAのために研修施設も開設した。

昨年のISA会議では一部の国が深海採掘を当面禁止することを提案したが、却下された。中国が圧力をかけたのが大きな理由だ。

米ワシントンのシンクタンクであるカーネギー国際平和財団で中国を研究するアイザック・カードン氏は、中国の狙いは他国に干渉されることなく採掘できる緩やかな規制の枠組みをつくることだと指摘する。

ISAは商業採掘に向けた準備のため、鉱物資源の探査を認めるライセンスをこれまで31件発行している。中国の3つの採掘組織の中国大洋鉱産資源研究開発協会と中国五鉱集団、北京先駆技術開発公司は、どの国の採掘組織よりも多い計5件のライセンスを取得しており、商業ベースの採掘を開始できる日を今か今かと待ち構えている。

世界の供給網から排除されないよう成長目指す中国企業

中国組織が取得したライセンスのうち3件は東太平洋に位置する広大なクラリオン・クリッパートン海域の海底区画が対象だ。そこには陸上の総埋蔵量にほぼ相当する量の重要鉱物が眠っている。残る2つの海底区は西太平洋とインド洋に位置する。

企業が資源を採掘するのは通常、利益を得るためだが中国には壮大な狙いがある。約730万ヘクタールに及ぶ海底区域(これはスリランカの国土より広い)の探査ライセンスを取得した中国の国有大手、中国五鉱集団を例にみよう。

同社の会長は3月、「中国の再活性化」を支援すべく鉱物の供給を確保すると宣言し、中国企業は世界が中国企業をサプライチェーン(部品供給網)から「排除できなくなる」まで事業を拡大しなければならない、と語った。

深海での採掘には、まず大型ロボットを海底に下ろし、ノジュール(団塊)と呼ぶ金属が含まれた塊を採取し、次に支援船がパイプを使ってそれを海面まで吸い上げる。深海の海底は視界が悪く、水圧が高いため、容易な作業ではない。

中国の技術はまだ世界最先端ではないが、最先端に近づきつつある。7月には上海交通大学のチームがロボットのテスト機を水深4000メートルに送り込み、200キログラムの物質を回収した。このロボットはほぼ中国製の部品だけで作られており、中国の国営メディアは「(海底掘削機の)国際的な寡占状態に風穴を開けた」と報じた。

陸上でも環境保護の責任果たさない中国企業への懸念

商業採掘が軌道に乗れば、中国企業が最終的に海底資源開発のトップに躍り出てもおかしくない――。そう話すのは米コンサルティング会社トリビアムの中国拠点にいるコリー・コームズ氏だ。

中国は船舶やロボットをどの国よりも速く生産でき、当局は新興産業には惜しみなく補助金を投入してきた。そして深海掘削会社が海底から採取した資源を消費する巨大な国内市場が存在する。

環境団体にとっては、これらすべてが懸念材料だ。深海の海底には微生物から海綿動物に至るまで数千種類もの独特の種が生息している。厳しい規則を制定し、事業者がその規則を順守して操業したとしても、採掘ロボットが生物の生息環境にダメージを与える可能性は高い。

ロボットが微生物を下敷きにしたり、水中に舞い上がった堆積物が微生物を殺したりするおそれもある。しかも中国の採掘業者は、海底よりも自社の活動をモニタリングしやすい陸上においてすら責任を果たしたことがない。

深海採掘は軍事活動の隠れみのとの疑念も

中国と競合する国も懸念しているが、それは海綿動物のためだけではない。危惧されている一つは、中国が深海採掘を隠れみのにして平和的でない活動を秘密裏に展開するのではないかとの懸念だ。

深海調査を口実にすれば、中国海軍の潜水艦は航行しやすくなる。21年には、中国五鉱集団が派遣した調査船が何の説明もなく探査海域から離脱し、米国の大規模な軍事基地があるハワイ諸島の近海に5日間とどまるという出来事が起きた。

だが西側諸国が最も懸念しているのは、誰がクリーンエネルギー産業の供給網の支配権を握るのかという点だ。中国はすでに資源確保の面では優位な立場を築いている。深海採掘が可能になれば、その立場は一層強固なものとなる可能性がある。

一方、米国は海洋法条約を批准していないためISAの議論に参加できない。米国の元軍幹部・高官らは3月に連名で上院に書簡を送り、「米国の不在をいいことに」中国が好き勝手に振る舞っているとし、米国に海洋法条約を批准するよう求めた。

こうした米国の懸念は深海採掘に賛成の西側企業に有利に働く。賛成派企業の一つ、カナダのザ・メタルズは年内にISAに商業採掘ライセンスを申請する計画だ。同社創業者ジェラルド・バロン氏は、最近は米ワシントンでは温かい歓迎を受けると語る。

「この業界が中国に牛耳られかねないという事実を伝えると、みんな飛びついてくる。こういう状況なら自分たちの事業は支援されそうだ」と。

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