スリランカ海軍が基地を置く同国北東部のトリンコマリー港。沖合の麻薬密輸船に武装した軍の要員が次々に乗り込んだ。X線の検知器などを使って船底に隠された麻薬を手際よく見つけだし、5分で乗組員を制圧すると「ミッション完了」との掛け声が響いた。
同港ではこうした海上犯罪への対応能力を高める訓練が頻繁に繰り返されている。訓練プログラムは組織犯罪に取り組む国連薬物犯罪事務所(UNODC)が主に日本の資金で実施。2024年には大洋州の島しょ国のほか、インドネシア、ベトナム、マレーシア、フィリピンなど17カ国の海上保安当局が参加する。
背景には欧州とアジアをつなぐインド洋のシーレーンが、アフガニスタンなど南西アジア、ミャンマーなどの東南アジアの2大麻薬生産地域の密輸ルートになっていることがある。
インド洋では多くの沿岸諸国の海保能力が不十分で、犯罪集団につけ込まれてきた。ソマリア沖やインド洋北西部のアラビア海では、今年だけで未遂も含めた海賊事案も9件発生している。
UNODCのアラン・コール国境管理部長は「インド洋やアジアの多くの海域で違法漁業や麻薬密輸などの海上犯罪が深刻な状態にある」と指摘。「海保能力を上げて問題の陸揚げを防ぐのは最も有効な犯罪対策の一つだ」と強調する。
訓練プログラムへの多数のアジア太平洋諸国の参加は、中国の海洋進出への危機感も一因になっている。
日本は22年からUNODCによるアジア諸国の海保能力の向上プログラムに毎年資金を出し続けている。インドネシア、マレーシア、フィリピン、ベトナムの4カ国は24年まで3年連続でプログラムに参加した。
いずれも南シナ海などで、中国の巡視船や漁船の威圧的な行動に直面する。南シナ海などの領海を侵食しようとする中国当局の動きに危機感を強め、米国などの協力を求めてきた。
UNODCは国連の一機関だ。国連安全保障理事会の常任理事国である中国も海保能力の向上を目的とする今回の事業には異を唱える立場になく、妨害する動きはないという。
このため、米中対立に巻き込まれることを嫌うグローバルサウスの国々も参加しやすい。24年には非同盟の全方位外交を志向するインドもプログラムに加わった。
日本政府は米国などと掲げる「自由で開かれたインド太平洋」の実現に向け、UNODC経由での支援を拡大する方針だ。24年からはケニアや南アフリカなどアフリカ諸国にも支援対象を広げた。
在ウィーン国際機関日本政府代表部の菊地信之公使参事官は「国連機関を通じてグローバルサウスにおける海上の法の支配を強化することが、日本の国益のためにもさらに重要になる」と指摘する。
(スリランカ北東部トリンコマリーで、田中孝幸)
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