パリ五輪が26日、開幕した。ロシアによるウクライナ侵略やイスラエルとイスラム組織ハマスの戦闘など大規模な武力紛争下での「平和の祭典」となる。国連総会決議に基づき大会期間中の休戦を呼びかける「五輪休戦」は実効性がないのか。決議の位置づけと歴史をひもとく。

「平和の声を世界中に響き渡らせよう」。国際オリンピック委員会(IOC)のバッハ会長は22日、選手村で開いた「五輪休戦の壁画」の設置式典でこう唱えた。

五輪休戦は五輪開始の1週間前からパラリンピック終了の1週間後までの休戦を呼びかける。開催前年の国連総会で決議を採択するのが慣例だ。今回は7月19日から9月15日までの2カ月弱が該当する。

パリ五輪の選手村で「五輪休戦の壁画」の式典に出席するIOCのバッハ会長㊧とイスラエルの選手(22日)=ロイター

古くはギリシャの古代五輪から同様の取り決めがあった。選手や観客が舞台となる西部オリンピアと地元を行き来する際の安全を確保する狙いだった。

現在の五輪休戦は古代五輪にならって1992年にIOCが提唱した。背景には冷戦期の80年代の選手団ボイコットや、90年代の旧ユーゴスラビア紛争で選手の出場が危ぶまれた事態があった。

国連総会での最初の決議は93年、翌年のリレハンメル冬季五輪に向け採択した。これ以降、大会ごとに同様の決議を採択している。

だが決議違反が相次ぐ。ロシアは2022年の北京冬季五輪に合わせた休戦期間にウクライナ侵略を始めた。過去にも08年の北京夏季五輪中にジョージア侵攻、14年のソチ冬季五輪直後にウクライナ領クリミア半島の併合に踏み切った。

21年の東京五輪のさなかにもアフガニスタンやシリアなどで戦闘による犠牲者が出た。

そもそも国連総会決議は一般に法的拘束力をもたない。拘束力があり強制措置を伴う決定が可能な国連安全保障理事会決議と異なる。

坂上康博・一橋大名誉教授は五輪休戦について「各国の合意に基づく点で条約に近い意味合いがあり一定の抑止力はある」とみる。一方で「IOCを含めどの機関も違反をチェックできていない」と指摘する。

非政府の非営利団体であるIOCが採択した「五輪憲章」は五輪の「憲法」とも位置づけられ、平和な社会の推進を打ち出している。ただ五輪休戦の順守を促す規定や違反した場合の措置は明文化されていない。

坂上氏は「武力紛争の当事国は参加資格を満たさないと憲章に明記すべきだ」と訴える。政治的中立を掲げる憲章に触れ「IOCは政治の領域を避けているのだろうが、現状の規定では平和推進の目的を果たせない」と強調する。

ウクライナでは五輪休戦期間に入った後も戦闘が続く(20日、東部ドネツク州)=ウクライナ軍提供・ロイター

IOCはウクライナ侵略を続けるロシアと同盟国ベラルーシの国としての参加を認めていない。侵略を積極支持しない条件で「個人の中立選手」としてロシア15人、ベラルーシ17人の計32人のみ出場する。開会式のパレードには加われなかった。

ガザへ侵攻するイスラエルの参加は認め、対応が割れた。パレスチナ五輪委員会がIOCにイスラエルの出場を認めないよう要請したものの、IOCは却下した。バッハ会長は「政治の世界と異なり、双方の五輪委は平和的に共存している」と語った。

23年11月の国連総会では従来無投票で採択してきた休戦決議がロシアの要請により投票での採択となった。118カ国が賛成したものの、ロシアとシリアが棄権した。ロシアの代表は「決議案にスポーツを政治化しない原則が入っていない」と非難した。

ウクライナのゼレンスキー大統領も24年5月、欧州メディアのインタビューで「ロシアを利する休戦には反対だ」との見解を示した。五輪休戦期間に入った7月19日以降も戦闘は続き、ウクライナメディアなどによると子どもを含む死者が出ている。

小泉悠・東大先端科学技術研究センター准教授はウクライナの現状について「休戦の実現は難しい」と分析する。「部隊の再編期間になるためやみくもに休戦すればいいわけではないが、五輪休戦が対話の余地を広げる契機になればいい」と話す。

(児玉章吾)

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