バンコクを走るEVバスはエナジー・アブソルートが製造した=沢井慎也撮影

【バンコク=井上航介】タイの再生エネルギー大手エナジー・アブソルート(EA)に投資家が厳しい視線を向けている。経営トップらが不正でこのほど引責辞任し、株価は直近のピーク時から10分の1以下に下落した。同社は2006年設立の独立系で、今回のケースが起業機運に冷や水を浴びせかねない。

トップ辞任の発端は7月中旬。EAのソムポート・アフナイ最高経営責任者(CEO)やアモン・サップタウィークン副CEOら3人が業務上横領に関わったとして、タイ証券取引委員会(SEC)が捜査当局に告発した。

SECは「13〜15年に子会社を通じて太陽光発電所の建設に必要な機器やソフトウエアを調達する際に不正を行った」と説明。横領額は総額35億バーツ(約150億円)に上るという。

これに市場は強く反応した。7月中旬の株価は5〜9バーツ前後で推移。直近のピーク時(23年8月)の65バーツからみると9割下落した。EAはソムポート氏らを不正が発覚した直後の7月中旬に解任。問題の早期幕引きを図ったが、株価は好転しなかった。

もともとEAはタイで注目された企業の一つだった。太陽光や風力による発電、電気自動車(EV)バスや電池の製造まで幅広く展開する。再エネとEVを両輪で手掛ける企業は国内でも珍しいという。

13年にタイ証券取引所に上場を果たし、国内の環境分野で指導的な立場を築いた。18年にはバンコク国際モーターショーでタイ初の国産EVを披露し、注目を浴びた。

業績も再エネやEVバスがけん引するなど好調だ。23年12月期の連結決算で営業利益は前の期比24%増の71億バーツと過去最高を記録。売上高も315億バーツと15%増えた。

創業者のソムポート氏は以前、証券会社に勤めていたが、38歳で起業。米フォーブス誌によると、総資産は19年時点で約28億ドル(約4070億円)。タイ国内10位の富豪で、米EV大手テスラの創業者にちなみ「タイのイーロン・マスク」とも呼ばれていた。

そんなEAに持ち上がったのが今回の不祥事だった。専門家は「一連の成功体験による過信が温床になったのではないか」との見方を示す。

7月中旬、バンコクで記者会見を開いたソムポート氏は不祥事については謝罪したものの「EAは誰もが認める革新を(今後も)起こし続ける」と強調した。

これに市場は経営改革が不十分と評価した。8月初旬にはチャトラポン氏が後任として就任するなど新体制が発足したが、株価は上昇に転じなかった。同社で気候変動に関わる事業戦略の策定を担ってきた同氏は、EV用電池製造の子会社社長も務めていた人物だ。同社株は現在も5バーツ程度の水準が続いている。

タイ格付け大手トリス・レーティングは15日、EAの信用格付けを「トリプルBプラス」から「ダブルBプラス」に引き下げた。EAの横領事件を受けて同社のガバナンス(企業統治)のあり方を問題視した。

会見で経営に自信をみせたソムポート氏だったが、市場は同社の先行きに以前から懸念を示してきた。同国への中国EVメーカーの進出が背景の一つに挙げられる。7月には比亜迪(BYD)が現地工場を開設するなど競合の相次ぐ市場参入によって、EA製のEVバッテリーの優位性は相対的に低下している。

トリス・レーティングのアシスタントバイスプレジデントのプラウイット氏は「EAは多額投資が必要な事業が多い。株価低迷で資金調達へのアクセスが制限されると、事業の先行きに影響する可能性がある」と話す。

EAは、ラオスの再エネ流通事業で同国企業と合弁を設立して事業展開する方針だが「EAの不正で事業環境の先行きが見通しにくくなった」(同国進出の日系商社幹部)。バンコクでも路線バスをEVに置き換える事業に参画しているが、経営の安定性が揺らげば今後の受注活動にも影響を及ぼしかねない。

タイでは規制緩和が進まないことが低成長の一因とされ、新興企業の活性化に期待する声が高まっている。

米誌CEOワールドが起業環境や政策などに基づいて評価する「スタートアップに優しい国ランキング(24年版)」によると、タイは62カ国・地域中50位。東南アジア主要6カ国ではベトナム(62位)に次いで低い。

そうした中でもEAは成長分野を見定めて投資を進めるなど、タイの新興企業にとって一つの成功モデルとなっていた。同社のガバナンス不全が新興企業の事業環境に投げかけた波紋は小さくない。

鄭重声明:本文の著作権は原作者に帰属します。記事の転載は情報の伝達のみを目的としており、投資の助言を構成するものではありません。もし侵害行為があれば、すぐにご連絡ください。修正または削除いたします。ありがとうございます。