指名受諾演説に臨んだハリス副大統領(22日、イリノイ州シカゴ)=ロイター

米大統領選挙の空気は1カ月で一変した。バイデン大統領からハリス副大統領への民主党大統領候補の「禅譲劇」を支持者は「喜び」で迎えた。投票日まで2カ月半。空気に流されず、次の4年を託す政策の中身を問う議論を尽くすべきだ。

「常に米国の人々のために戦う。強い中間層を築くことが私の大統領としての決定的な目標だ」――。ハリス氏は22日、民主党大統領候補の指名受諾演説で約束した。だがモヤモヤは残る。具体的に何をしたいのか。

ひと月前まで81歳のバイデン氏の衰えに絶望していた民主支持層が黒人・アジア系・59歳女性という新たな「推し」を手にし、息を吹き返したのは確かだ。ジョージア州議会のイマニ・バーンズ下院議員は「投票したい若者からの問い合わせが急増している」と話す。

共和党のトランプ前大統領を倒すという目標へ支持層が再結集した。民主寄りの米メディアも祝祭ムードを盛り上げ、人や資金がハリス陣営にどっと流れ込んでいる。

理想を語る演説は、大統領としての能力や手腕を裏書きするものではない。本来、米大統領選は出馬表明から二大政党それぞれの予備選を通じて1年以上にわたって候補をふるいにかけ、政策や世界観を掘り下げる。

前例のない「禅譲」はその過程を省いた。ハリス氏は長時間インタビューや記者会見をせず、遊説での演説に専念した。

平穏な時代なら未知数を可能性と言い換えてもいい。残念ながらその余裕はない。

ハリス氏はウクライナ支援と同盟重視を明言し、パレスチナ自治区ガザでの早期停戦を訴えた。中国との競争を制し、イランに対抗し、北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)総書記の名を挙げて「暴君や独裁者に寄り添わない」と断言した。

バイデン政権の路線をなぞった範囲を出ていない。動乱の世界をどうとらえ、現実の危機にどのように対応するのか。

「機会ある経済」。黒人教育の名門ハワード大で経済学を学んだハリス氏は自身の経済公約をこう名付け、中間層減税を公約する。一方で食品価格の不当なつり上げを禁じる連邦法の制定などを柱に据える。検事出身らしく、悪徳企業を「摘発」する発想が濃い。

政治的には正しい。米国では過去2年で住居費14%、交通サービス費18%、上下水道・ゴミ収集費11%など節約の難しい生活費が急上昇した。現政権のハリス氏は結果責任を免れず、有権者の不満に「理解を示す」ことは選挙で欠かせない。

経済的には疑問だ。企業が価格をつり上げたからインフレになったのではない。価格統制は企業の供給意欲をそぎ、品不足を招きかねない。保守派はハリス氏の名前カマラと共産主義をかけて「カミュニズム」と呼ぶ。

ハリス氏はかつて環太平洋経済連携協定(TPP)に反対を唱え、上院議員時代は気候変動対策が不十分だと米国・メキシコ・カナダ協定(USMCA)に反対した。思い描く世界経済の将来をきちんと語ってほしい。

「トランプ復権は極めて深刻な結果を招く」と語るハリス氏にうなずいたとしても、その言葉そのものは政策ではない。「彼女ならできる」(オバマ元大統領)という期待をハリス氏自身が証明できるか。本質を吟味する2カ月半となる。

(ワシントン支局長 大越匡洋)

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