「ドイツ人は時間を守る」。そんな国際イメージが崩れつつある。かつて時間に正確だと有名だったドイツ鉄道で、6分以上遅れる長距離電車の割合が4割近くに達した。4年に1度のサッカー欧州選手権がドイツで開かれており、鉄道運行の混乱に各国サポーターから怒りや嘆きの声があがっている。
「みんな、予定より早めにパブを出て、電車に乗りスタジアムに向かった方がいい」。熱狂的な応援で知られるスコットランドのファン協会創設者、ポール・グッドウィン氏が各国サポーターに呼びかけたSNS(交流サイト)メッセージが話題を呼んだ。「そうしないと試合を見逃すことになる」。懸念は現実となった。
サポーター、試合に間に合わず
6月17日、独西部デュッセルドルフで催したオーストリア対フランスの一戦。多くのオーストリアのサポーターを乗せ、首都ウィーンを朝に出発した電車は6時間も遅れた。到着まで14時間もかかり、乗客は試合開始に間に合わなかった。
「深く遺憾に思い、あらゆる形で補償します」。ドイツ鉄道は異例の謝罪に追い込まれた。復路も混乱しウィーン行きの夜行電車は74分遅れ。乗り継ぎ便への接続もできず、多くのサポーターはドイツ国内の駅で待機を強いられた。
サッカー欧州選手権の開催前からドイツ鉄道の状況は悪くなっていた。2023年の定時運行率は64%。22年の65.2%、21年の75.2%から下がり、「80%以上」という目標達成は遠ざかっている。
他国と比較すれば違いは明らかだ。長距離電車の定時運行率は日本の新幹線で90%台とされる。スイス国鉄のSBBが93%、イタリア国鉄のFSでは78%だった。
もっとも日本は原則1分未満の遅れを定時とするのに対し、ドイツは6分未満、スイスは3分未満、イタリアは10分未満と各国で定義が異なる点に注意が必要だ。日本やスイスの基準に照らせば、ドイツ鉄道の遅延率はさらに悪化することになる。
スイスは乗り入れを規制
遅延の常態化からドイツからの長距離電車を規制する動きも出てきた。
1日40本以上がドイツから乗り入れているスイス国鉄のSBBは22年以降、ドイツとの国境の街バーゼルを終点とする電車の割合を増やしている。さらに10〜15分以上遅れて到着した場合、目的地がその先であってもバーゼルで電車を打ち切り、自ら振り替え便を用意する措置も始めた。
SBB担当者のバス・フォグラー氏は「スイス国内の鉄道利用者への影響を最小限にとどめ、海外旅行者に快適に過ごしてもらうために必要な措置」と説明する。そのうえで「今のドイツ鉄道の状況についてはとても遺憾に思っている」と本音をもらした。
なぜドイツ鉄道で遅延が頻発しているのか。理由は主に2つある。
ひとつはインフラの老朽化とそれに伴う工事の増加だ。ドイツ鉄道の路線総距離は3万3500キロメートルとスイスSBBの7倍。カバー範囲が広いためインフラの保守・修繕が追いつかず、架線や設備の故障による突発的な遅延・運休が多発している。
ドイツ鉄道は数年前から450億ユーロ(約7兆7000億円)を投じインフラの大規模改修に乗り出している。ただその結果、全体の4分の3の長距離電車が1カ所以上の工事現場を通過することになり、工事が予定通りに進まず、新たな遅延が生じるという負の連鎖が起きている。
半年閉鎖で全面改修
こうした状況からドイツ鉄道は複数の路線区間を数カ月〜半年単位で順番に閉鎖し、全面的に改修する方針を決めた。
まずは24年後半に独西部フランクフルトとマンハイム間で始め、10年かけて数十の路線を作り替えていく。ドイツ鉄道は「抜本的な問題解決に不可欠な措置だと理解してほしい」と呼びかけている。
もうひとつの原因が人手不足だ。不規則な勤務形態から特に運転士のなり手が減っている。ドイツ経済研究所は高い定時運行率を維持するには「1万人の新規雇用が必要」だと試算する。人材確保のため、賃金水準を変えずに部分的な週休3日勤務が可能となる「週35時間労働」を29年までに導入すると明らかにした。
足元では乗客増が混乱に拍車をかける。22年6〜8月に月9ユーロ、23年5月からは月49ユーロ、日本円ではおよそ8400円を支払えば1カ月間、公共交通機関が原則乗り放題になる「Deutschlandticket(ドイチェラントチケット)」の運用が始まった。
車から公共交通機関への転換を促して気候変動対策にしたいという狙いだが、ただでさえ人手不足のドイツ鉄道を直撃した。乗客が増えて電車の遅れが加速してしまったのだ。
地下鉄やバス、トラムなど都市交通のほか、ドイツ鉄道の「RE」「RB」と呼ばれる快速・普通電車の2等席にも使用可能だ。独交通事業者連合(VDV)によると、24年6月時点で1120万人が同チケットを購入した。このうち12%は車や自転車を使った通勤・旅行からの転向で、新規の鉄道利用者とされる。
「Puenktlich wie die Mauer(れんが職人のように時間厳守)」という言い回しが真摯さの称賛として使われるほど、時間管理を重んじてきたドイツ。尊厳を取り戻すにもまた改修計画の遂行という時間管理が重荷としてのしかかる、皮肉な状況に陥っている。
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