ユン・ソンニョル(尹錫悦)政権の中間評価とも位置づけられている韓国総選挙は10日に投票が行われます。

保守系与党・国民の力のハン・ドンフン(韓東勲)非常対策委員長は9日、ソウルで遊説し、「あと1票足りない。その1票のために30年、40年後悔するのか。投票所に出かけて韓国を守ってほしい」と訴えました。

これに対し、現在第1党の革新系野党・共に民主党のイ・ジェミョン(李在明)代表は9日朝に記者会見を開き、「この2年間、ユン・ソンニョル政権は経済や外交、民主主義などすべての面で国を後退させた。国民を裏切った政治勢力が過半数に達するのを絶対に防いでほしい」と訴えました。

今回の選挙は、安定した政権運営を支えたい与党と、政権を審判すべきだとする野党のどちらが第1党になるかが焦点です。

ただ、選挙戦で与野党は、2年前の大統領選挙以来続く激しい非難の応酬に終始し、少子化や物価高騰といった課題に関する政策論争は深まらなかったと指摘されています。

韓国総選挙は10日午後6時で投票が締め切られ、11日未明には大勢が判明する見通しです。

韓国の総選挙とは

韓国の国会は一院制で、国会議員を選ぶ総選挙は4年に1度行われます。

大統領選挙が5年に1度で、国会の解散はないため、大統領と国会議員との間で在任期間にずれが生じます。

今回はユン・ソンニョル大統領が就任してからおよそ2年での総選挙となり、政権の中間評価としても位置づけられています。

300議席のうち、小選挙区は前回・4年前から1つ増えて254議席で、699人が立候補しています。

また、比例代表は前回から1つ減って46議席となり、立候補したのは253人です。

小選挙区の獲得議席数が少ない政党に対し、比例代表では得票率に応じてより多くの議席が配分される制度が採用されていることから、届け出た政党の数は38に上り、投票用紙の長さが51.7センチと過去最長になったことが話題となっています。

小選挙区と比例代表に重複して立候補することは認められていません。

今回の総選挙 構図は

今回の韓国総選挙は、保守系の少数与党の「国民の力」と、革新系で第1党の野党「共に民主党」の2大政党がしのぎを削っていて、ユン・ソンニョル大統領の残る3年余りの任期の政権運営に大きな影響を与えるだけに、激しい論戦が繰り広げられています。

このうち与党「国民の力」は、ユン大統領の側近で、去年末にトップに就任したハン・ドンフン氏が先頭に立って、ユン政権が教育や医療などの分野で改革を進めているなどと強調し支持を訴えています。

これに対し、野党「共に民主党」は、おととしの大統領選挙で僅かな差で敗れたイ・ジェミョン代表が、経済面や対北朝鮮政策などで失政を重ねているとユン政権を批判し、選挙で審判を下すべきだと主張しています。

一方で、新党の設立も相次ぎ、特に注目されているのが、前のムン・ジェイン(文在寅)政権で法相を務めたチョ・グク(●国 ※●=『曹』の縦線が1本)氏が率いる政党です。

3月に設立され、ユン大統領の政権運営を真っ向から批判するこの党は、小選挙区には候補者を擁立せず比例代表のみの戦いですが、世論調査機関・韓国ギャラップが3月29日に発表した調査結果で、比例代表の投票先を尋ねたところ
▽「国民の力」系の政党が34%
▽「共に民主党」系の政党が22%だったのに対し
▽チョ氏が率いる政党も22%となりました。

チョ氏の政党が一定程度の議席を獲得すれば、選挙後の国会運営に影響を与える可能性があります。

ただ、チョ氏は、大統領府秘書官時代の職権乱用の罪や、娘や息子の不正入学に絡む業務妨害などの罪に問われて懲役2年の実刑判決を受け、最高裁判所に上告していて、このまま判決が確定すれば、収監されることになります。

市民生活に直結 与野党ともに物価高騰対策を重要政策に

今回の総選挙で、与野党はともに市民生活に直結する物価高騰への対策を重要政策の1つに掲げています。

与党・国民の力は、食料品を中心とする品目について日本の消費税に当たる付加価値税を現在の10%から一時的に5%まで引き下げることを公約にしています。

また、最大野党・共に民主党は、消費の拡大を促すため国民1人当たり25万ウォン、日本円でおよそ2万8000円の支援金を支給する政策を打ち出し、13兆ウォン、日本円で1兆4600億円程度と推定される財源については国債の発行やこれまでの予算の調整で賄うとしています。

ただ、世論やメディアからは、いずれも「バラマキ政策だ」などとする指摘が相次いでいます。

一方、選挙戦では、物価をめぐるユン・ソンニョル大統領の発言に批判が集中しています。

発端は3月中旬、ユン大統領がソウル市内のスーパーを視察した際のことでした。

野菜売り場で長ネギが1束875ウォン、日本円でおよそ98円で売られているのを見た大統領は「市場によく行くが、875ウォンなら合理的な価格だと思う」と述べました。

この価格はスーパーの特売などで引き下げられたもので、韓国メディアによりますと、ほかのスーパーでは通常、5倍近くの値段で販売されているということです。

このため有権者からは「大統領は物価について何も理解していない」などという批判の声も上がりました。

共に民主党のイ・ジェミョン代表は遊説会場でネギをくくりつけたヘルメットを手にしながら政府の対応を非難したほか、ムン・ジェイン前大統領の側近で新党を立ち上げたチョ・グク氏も加勢し「ネギ1束の値段も分からない人は極端に無知だ」などと主張していました。

日韓関係への影響は 専門家「外交方針 維持されるだろう」

日韓関係に詳しい韓国のクンミン(国民)大学のイ・ウォンドク(李元徳)教授に、韓国の総選挙がユン・ソンニョル政権の対日姿勢に影響を与えるのかどうかについて聞きました。

イ教授は「今回、選挙の争点として韓日関係や対日外交が大きく扱われてはいない。外交は基本的に政府が扱う分野であって、国会でできる領域は限られる。ユン大統領の対日外交は信念に基づいて行われていて、選挙の結果がどうであれ、外交方針は一貫して維持されるだろう」と述べました。

一方で、今回の選挙については「ユン政権発足からおよそ2年となる中で、政権を支持するのか、あるいは政権のさまざまな政策を批判するのか判断する性格が強い」と指摘しました。

そのうえで、イ教授は「政権を支える与党が勝利できない場合、政府が進めようとする政策がことあるごとに国会でけん制され、ユン政権の政策推進力は落ちる。与党議員の間でも支持が弱まる可能性もある」と述べ、選挙の結果によってはユン政権の求心力が大きく低下する可能性もあるという見方を示しました。

ユン大統領 これまでの政権運営は

おととし、5年ぶりの政権交代を果たした保守系のユン・ソンニョル大統領は、革新系のムン・ジェイン前大統領との違いを就任当初から明確に打ち出しました。

大統領府の機能を、歴代の大統領が利用してきた「青瓦台」から移転したほか、記者たちの取材に毎朝応じるなどコミュニケーションを重視する姿勢を示しました。

外交では、地域情勢や地球規模の問題に対応するために民主主義や人権などの価値観を共有する国々との連帯を重んじてきました。

中でも、ムン前政権時代に「戦後最悪」とも言われるまでに悪化した日本との関係については積極的に改善を進めました。

懸案である太平洋戦争中の「徴用」をめぐる問題では、去年3月、韓国の最高裁判所から賠償を命じられた日本企業に代わって韓国政府傘下の財団が原告などへの支払いを行うとする解決策を発表しました。

その後、首脳間の「シャトル外交」が再開され、ユン大統領は去年1年間で7回にわたって岸田総理大臣と会談したほか、経済や文化などの分野でも両国の交流が活発になってきました。

また、核・ミサイル開発を加速する北朝鮮に対しては、アメリカとの同盟関係を土台に断固として臨む姿勢を強調し、合同軍事演習の規模を拡大するとともに日本を含む3か国の連携を強化していて、こうした姿勢が去年8月、単独では初めてとなる3か国の首脳会談につながりました。

一方、国内政策では、将来に備えるうえで欠かせないとして、教育・労働・年金分野の改革を打ち出しましたが、最大野党・共に民主党が国会で第1党を維持する中、公約を実行できない状況が続いています。

野党などは、ユン大統領の政権運営の姿勢について、検察官という経歴を引き合いに強権的だとする批判を繰り返しています。

さらに、ユン政権にとって懸念材料となっているのが、キム・ゴニ(金建希)夫人をめぐる疑惑です。

夫人は、ユン大統領が就任する前から、輸入自動車販売会社の株価操作に関与していたなどとされる疑惑が持たれていて、野党が特別検察官を任命する法案を提出したこともありました。

また去年は、公職者を対象に法律で禁じられている高級ブランドのバッグを受け取ったとされる疑惑も浮上しました。

世論調査機関の韓国ギャラップによりますと、ユン政権の支持率はこれまでおおむね30%台で推移しているのに対して、支持しないという回答は60%前後で推移しています。

こうした中でユン大統領は、年明けから分野ごとに関係者や一般市民を集めて討論会を開き、新たな政策を次々と明らかにしています。

市民生活に密接に関わる政策を打ち出すことで国民の支持を広げたい考えとみられますが、野党からは「事実上の選挙運動だ」などと批判されました。

また、ユン政権はことし2月、将来の医師不足に備えるためだとして医学部の定員を60%以上増やすなどとする医療改革を発表しました。

市民はおおむね肯定的に受け止め、世論調査では政権を支持する1番の理由ともされました。

しかし、医療関係者などは「医師の質の低下を招く」などと強く反発し、全国でおよそ1万人の研修医が政府に抗議するためとして勤務先の医療機関を離脱する状態が1か月以上続いています。

医療現場の混乱の長期化が懸念される中、ユン大統領は4月1日、国民向けの談話を発表して医療改革の必要性を改めて強調する一方、4日には研修医の代表らとの対話に初めて臨み、総選挙を前に事態打開の糸口を探る動きも見せていました。

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