世界初のサンプルリターン目指す「嫦娥6号」とは

中国の無人の月面探査機「嫦娥6号」は地球からは見えない月の裏側に回り込んで岩石などのサンプルを採取し地球に持ち帰る「サンプルリターン」を目指しています。

月は、常に同じ面を地球に向けているため、地球から月の裏側を見ることはできず、電波も届かないため、通信も直接できません。

このため、中国は、ことし3月に打ち上げた中継衛星を用いることで、月の裏側の「嫦娥6号」と地球の間の通信を行えるようにしました。

こうした通信上のハードルがあるため、月の裏側からの「サンプルリターン」は難易度が高いとされ、成功すれば世界で初めてとなります

これまでの経緯

「嫦娥6号」は、先月3日に打ち上げられおよそ1か月後の今月2日、月の裏側への着陸に成功したとしています。

着陸したのは、月の裏側の南極周辺で、中継用の衛星を介して地球との通信を続けながら、月の裏側の複数の地点で地表や地中から土壌や岩石のサンプルを採取したということです。

そして、着陸から2日後の今月4日、採取したサンプルを載せて月面を離陸して予定どおり月の周回軌道に入り、地球への帰還に向けて待機していました。

ねらいは

中国が月の裏側での探査を進めてきたのは、世界初の成果を出すことで、長年、アメリカが先行し続けてきた宇宙開発の分野で存在感を高め、国威発揚につなげるねらいがあるとみられます。

また、月の南極周辺には、飲み水や燃料としての利用が期待される水が、氷の状態で存在する可能性が指摘されていて、今回得られたデータをもとに、今後の月探査や開発を有利に進めていくねらいもあるとみられます。

2000年代以降進む「嫦娥計画」

月の探査計画は、中国が加速させている宇宙開発の重要な柱の1つです。

中国は、仙女になって月に昇ったという中国の伝説上の女性「嫦娥」にちなんで月探査プロジェクトを「嫦娥計画」と名付け、2000年代以降、次々と実行に移してきました。

2007年と2010年に、それぞれ月探査衛星「嫦娥1号」と「嫦娥2号」を打ち上げ、月の立体画像を撮影したのに続き2013年には「嫦娥3号」で探査車両を月に送り、月面の調査を行いました。

2019年には「嫦娥4号」が、世界で初めて月の裏側に探査機を着陸させ、翌2020年の「嫦娥5号」で月の表側で岩石などのサンプルを採取して地球に持ち帰る「サンプルリターン」を成功させました。

そして、今回の「嫦娥6号」で、月の裏側からの「サンプルリターン」を目指すとしています。

中国政府は、今後、2026年ごろに「嫦娥7号」、2028年ごろに「嫦娥8号」をそれぞれ打ち上げ、さらに月探査を進める計画です。

そして2030年までに中国人宇宙飛行士による有人での月面着陸を目指すほか2035年までに月面に科学実験や資源開発を行う研究ステーションを整備するとしています。

加速する中国の宇宙開発

中国は、2030年までに世界の宇宙開発をリードする「宇宙強国」を目指すという目標を掲げ、月の探査計画以外にもさまざまな分野で開発を加速させています。

宇宙ステーション「天宮」

2022年には、アメリカや日本などが計画に参加するISS=国際宇宙ステーションとは別に、中国独自の宇宙ステーション「天宮」を完成させました。

宇宙空間における拠点として中国人宇宙飛行士を常駐させていて、ことし4月にも宇宙船「神舟18号」を打ち上げ交代する宇宙飛行士3人を送り込んでいます。

火星の探査「天問1号」

火星の探査計画も進めていて、2021年には探査機「天問1号」を火星に到達させ、アメリカに次いで火星表面の探査を成功させました。

観測した画像データをもとに火星の地形図を公開した際には、クレーターなどに中国の地名に由来する名前をつけたと明らかにしてアピールしています。

“中国版GPS” 「北斗」

4年前の2020年には、中国政府は「中国版GPS」とも呼ばれる位置情報システム「北斗」の全世界での運用が始まったとしています。

中国政府は「宇宙空間の利用は平和目的だ」と強調して開発を加速させていますが、計画には軍が深く関わっているとされ、国際社会からは宇宙空間の軍事利用に懸念の声が出ています。

月資源をめぐる国際ルールは未確立

月をめぐる各国の競争が激しくなる一方、月の資源に関する国際的なルールは、事実上、確立していません。

宇宙の利用に関する初めてのルールとして、1967年に発効した「宇宙条約」は日本やアメリカ、中国、ロシアなど主要な国を含め、締約国は110か国以上に上ります。

宇宙条約ではすべての国が自由に宇宙空間を探査できることを認め特定の国が月などの天体や宇宙空間を自国の領土とすることを明確に禁じています。

一方、宇宙における資源開発についての明確な規定はありません。

また、1979年に採択された「月協定」は、月の資源は人類の共同の財産で国や企業、個人の所有物にはならないと定めていますが、日本やアメリカ、それに中国やロシアなど宇宙開発を進めている主要な国は参加していません。

こうした中、宇宙空間で企業が採取した資源の扱いに関して、国内の法律で定めようという動きが相次いでいます。

アメリカは2015年、民間企業が宇宙空間で採取した資源をその企業の所有物として認める法律を定め、その後、ルクセンブルクやUAE=アラブ首長国連邦も同じ趣旨の法律を作っています。

日本でも2021年、「宇宙資源法」が成立し、一定の条件のもと、企業が採取した資源がその企業の所有物となることを認めています。

また国連の委員会の中では新たな国際ルールを定めようという議論が始まっています。

月をめぐる各国の動き

月を舞台にした各国や企業の開発競争はここ数年、激しさを増しています。

去年、インドは、無人の月面探査機「チャンドラヤーン3号」の月への着陸に成功し、月面への無人探査機の着陸に成功した国としては、旧ソビエト、アメリカ、それに中国に次いで世界で4か国目となりました。

また日本もことし1月、無人探査機「SLIM」の月面着陸に成功し、インドに次いで5か国目となりました。

一方で、ロシアは去年、無人の月面探査機「ルナ25号」で、旧ソビエト以来およそ半世紀ぶりとなる月面着陸を目指しましたが、通信が途絶え、成功していません。

民間企業ではことし2月、アメリカの宇宙開発企業「インテュイティブ・マシンズ」が無人の月着陸船の月面着陸に成功し、民間企業としては世界で初めてとなりました。

月面着陸をめぐっては、日本の企業やアメリカの別の企業も着陸船の開発を進めています。

月の南極付近には、水が氷の状態で存在している可能性が指摘されていて、各国は将来、飲み水や燃料として利用できるかに高い関心を示していて、今後も競争が続く見込みです。

アメリカの「アルテミス計画」

「アルテミス計画」は、アメリカが主導する国際月探査プロジェクトです。

1960年代から70年代、人類を月面に送り込んだ「アポロ計画」以来、およそ半世紀ぶりに月に宇宙飛行士を送り込むことを目指しています。

計画の名前の由来となっている「アルテミス」は、ギリシャ神話の月の女神で、「アポロ計画」の由来となった「アポロ」とは双子のきょうだいです。

現在の計画では2026年9月に宇宙飛行士が月面に降り立つミッションを実施することを目標としています。

これに先だって、2025年9月に宇宙飛行士を乗せた宇宙船が、月の周りを周回する試験飛行を行うことを目指しています。

さらには2026年以降も継続的に宇宙飛行士による月の探査が行われる予定で、月面での長期滞在や将来、火星の有人探査も見据えています。

NASA=アメリカ航空宇宙局はこのプロジェクトで使用する宇宙船「オリオン」や大型ロケットの開発を進めていて2022年には無人の宇宙船を大型ロケットで打ち上げ、月を周回して地球に帰還させる試験飛行を行いました。

また、宇宙飛行士が月面に降り立つ際に活用する、月を周回する新たな宇宙ステーション、「ゲートウェイ」の建設も予定されています。

アルテミス計画は国際協力のもと進められていて、日本やヨーロッパなども参加し、ゲートウェイの建設やプロジェクトに必要な機材の開発に協力することになっています。

日本はことし4月、アメリカ側と月面探査に関する取り決めに署名し、この中でNASAが日本人宇宙飛行士に2回にわたり月面に着陸する機会を提供し、探査活動を行う一方で、日本側はJAXA=宇宙航空研究開発機構がトヨタ自動車などとともに開発を進めている有人月面探査車の開発や運用にかかる費用などを負担して月面探査に協力することなどが盛り込まれました。

またアメリカの民間企業では、宇宙開発企業「スペースX」が月面着陸に使用することを想定した大型宇宙船「スターシップ」やこれを打ち上げるための大型ロケットの開発を進めていて、今月(6月)行われた試験飛行では、目標としていた、宇宙船の地球への帰還が初めて確認されています。

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