“インプレゾンビ” 始めたきっかけは
投稿者の1人が住んでいたのは、パキスタンの最大都市、カラチ。
現地を訪ねると、現れたのは30代のパキスタン人の男性だった。ふだんは家族で営む菓子などを販売する店で働いているという。
男性は10年ほど前からX(旧ツイッター)を利用し、趣味のクリケットなどの話題を投稿していた。
しかし去年、Xが一定のインプレッション=閲覧数を獲得すれば収益につながる仕組みを導入したことから、閲覧数を稼ぐことに興味を持ち始めたという。
日本語での投稿を本格的に始めたきっかけは、ことし1月の能登半島地震と、羽田空港で起きた航空機どうしの衝突炎上事故。
多数のアカウントが、地震や事故についての投稿への返信として簡単なメッセージを書き込み、多くの閲覧数を獲得していることに気付いたと話した。
パキスタン人の男性
「地震に関する日本語の内容の投稿に、多くの人が『Wow』『Yes』などと、ひと言書き込むだけで、1万を超えるインプレッションを獲得していたことに驚いた。この方法なら自分もインプレッションを稼げるのではないかと感じた」
サタデーウオッチ9(今夜9時から放送予定)
地震後に稼いだ200万インプ
ことし1月の男性のXをみると、「日本よ、元気ですか!」「日本はとても良い国です」といった投稿のほかに、「どこでも発行」などと文脈に関係のない返信もしていた。
能登地方で震度3の揺れを観測した地震速報のニュースを伝える投稿に「ここでは毎日が新しい物語です。面白い!」と返信し、別の投稿者から不謹慎だなどと批判されているものもあった。
さらに話題になった投稿の内容をまるごとコピーもしていた。男性によると、地震が起きてから1週間で稼いだインプレッションは200万件に上ったという。
パキスタン人の男性
「日本語の投稿でインプレッションを稼ぐのは簡単だ。ただ、アカウントが凍結されないために、人を罵倒したり、傷つけたりする言葉を使わないで投稿することが重要だ」
月収は8000円 肉も減らし…
男性自身は、まだこれまでXで収益を得ていないが、今も熱心に1日何度も投稿を続けている。
その理由は苦しい経済状況だ。
パキスタンでは、2022年に「国土の3分の1が水没した」とも言われる大規模な洪水が発生し、主要な産業が打撃を受け失業する人も相次いだ。深刻なインフレも続いている。
男性の働く店でも、新型コロナの感染が拡大したころから客が少なくなり、洪水で経済が混乱すると、売り上げはさらに減少したという。
現在の月収は日本円で8000円ほど。2人の子どもを育てているが、肉を食べる量を減らすなど、食費を節約する日々を送っているという。商店以外での仕事も探しているが、見つかっていない。
男性の友人の中には、Xでの投稿で日本円で8000円前後を稼いだ人もいるという。まさに、この男性の月収に相当する金額だ。
パキスタン人の男性
「夜寝るときも、子どもたちの将来のために何かやらなければと考えている。仕事も見つからない中ではSNSでの稼ぎで補うしかない」
そもそも“インプレゾンビ”とは?
旧ツイッターのXで、男性のような投稿を繰り返すアカウントは「インプレゾンビ」と呼ばれている。
インプレゾンビ
SNSで注目を集めている投稿にゾンビのように群がり、
▽その内容をコピーして盗用したり、
▽無意味な返信などを繰り返したりして、
閲覧数=インプレッションを稼ごうとするアカウントを指す造語。
広がったきっかけは、Xが一定の閲覧数などを獲得している利用者に広告の収益を分配する仕組みを導入したこと。クリエイターを支援することなどが目的で、去年夏から始まった。投稿の返信欄に表示される広告の閲覧数に応じて、ユーザー側は収益を得ることができる。
利用者がその広告収益を得るための条件には、以下のようなものがある。
▽Xプレミアムとよばれる有料サービスに加入していること
▽過去3か月の投稿に対するインプレッションが合わせて500万件以上あること
▽フォロワーが少なくとも500人いること など
(Xのホームページより)
特にインプレッション数の条件を達成することが難しいとされていて、この条件を満たそうと、国内では去年秋ごろから、「インプレゾンビ」による投稿が多く見られるようになった。
注目が集まったのは、ことし1月の能登半島地震。
「偽の救助要請」などの偽情報を拡散させた一因になったとして、国の検討会で対策が議論されるなど問題になった。
その後も「イギリスのチャールズ国王が亡くなった」「富士山が噴火した」などの全く根拠のない偽情報を拡散させたり、不適切な内容を広げたりしているケースも確認された。そうした投稿は今も続いている。
広がりはパキスタン以外にも…
こうした投稿を繰り返す人たちはどこにいるのか?
偽情報や無意味な返信などの日本語投稿をXで繰り返していた50のアカウントをNHKが調べたところ、パキスタンやインド、UAE=アラブ首長国連邦など南アジアや中東の国を居住地としているアカウントが22あった。
また居住地が不明でも、日本語に加えて、日常的にウルドゥー語やヒンディー語、アラビア語で投稿しているアカウントも22にのぼった。
50のアカウントでは、去年10月から今月8日までで、少なくともあわせて4万件を超える日本語の投稿がされていた。
なかには1日に投稿を1000回以上、繰り返していたものも確認されたほか、自動化したプログラムで大量に投稿しているとみられるものもあった。
「日本語での投稿は稼げる」
ではなぜ、英語などほかの言語ではなく日本語での投稿を繰り返すのか?
背景にあるとされるのが、日本でのXの利用者や利用時間が世界的に見ても多いことだ。
去年12月にはXのリンダ・ヤッカリーノCEOが日本の利用状況について
▽「1日あたり4000万人以上が利用している」
▽「日本の人たちは1日15億分以上、利用している」と投稿している。
インプレッションを稼ぐための投稿を最近始めたというパキスタンのイスラマバードの大学に通う30代の男性も、NHKの取材に対して日本語での投稿を増やす理由について次のように話した。
イスラマバードの大学生
「世界の共通語である英語で書き込んだところで、新鮮な投稿にはならない。X上では日本は大きな市場だが、パキスタンでも日本語を使える人は多くない。日本語での投稿は多くのインプレッションを稼ぐことができる」
パキスタンのシンクタンクでSNS事情を研究する専門家は、こうした投稿は続くと指摘する。
SNS事情を研究 ハルーン・バロチさん
「パキスタンやインド、アフリカの国々など新興国や途上国では、仕事のない若者たちがSNSでの収益化に活路を見いだそうとしている。こうした人たちは、自分のしていることが『インプレゾンビ』と言われようが、投稿している。この傾向は今後も続くだろう」
Xの対応は
この問題にXはどう対応しているのか。
Xは規定で▽自然災害や戦争▽虚偽の主張や誤解を招く主張▽所有権のない第三者のコンテンツを、収益のために利用することなどを禁止している。
違反が判明した場合には収益の分配対象から除外することがあるとしている。実際、能登半島地震で不適切な投稿をしていたアカウントには、その後「凍結」されていたものもあった。
また、Xは不正確で誤解につながる投稿内容に対して、ほかの利用者が情報を追加できる「コミュニティーノート」がつけれられた投稿は収益の対象外となるしている。
ことし3月に総務省で開かれた会議で、Xの担当者は「コミュニティーノートがついた投稿が収益につながらないと明確にすることで、より質の高いコンテンツが投稿されるようにしていきたい」と説明していた。
専門家「対策は不十分」
一方で、偽情報・誤情報対策に詳しい専門家は、プラットフォーム側の対策はまだ不十分だと指摘する。
桜美林大学 平和博教授
「能登半島地震後に批判を受け、X側もインプ稼ぎ投稿を繰り返していたアカウントを停止するなど一定の対策を取っているが、十分とは言えず、構造そのものは今なお続いている。今後も災害時などに、インプレッション目的で偽情報や誤情報が氾濫する危険性は高い」
そのうえで、技術と人員の両面で対策を強化していく必要があると話した。
「災害時の情報汚染は命に、選挙時には民主主義に関わる。情報流通や言論を担う企業の社会的な責任を果たす点でも、プラットフォーム各社が自社の定めた利用規約で許容できない投稿については、しっかり対処するという基本姿勢を取るべきだ。Xになってから偽情報・誤情報対策が後退していると言われるが、テクノロジーによる対策と人によるチェック体制の両方を充実させていくことが重要なのではないか」
“私はゾンビだった”
インタビューの最後に、インプレッション目的に投稿を繰り返していた冒頭のパキスタンの男性に、いま、どう感じているのかを聞いた。
自身の行為が日本で「インプレゾンビ」と言われていることをSNSで知り、地震のあと、文章の意味を分からないまま投稿を繰り返したことを反省していると語った。
パキスタン人の男性
「苦しんでいる人たちを利用して利益を得てはならないと後になって気付き、罪悪感を覚えた。私自身『ゾンビ』の1人だったと思う。日本の人たちに心から謝りたいし、みずからの行いを恥じている。今後は再びインプレゾンビになるのではなく、日本の人たちと健全なやりとりをしたい」
(取材:イスラマバード支局 松尾恵輔/ネットワーク報道部 岡谷宏基・籏智広太)
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