ソニー・インタラクティブエンタテインメントがローンチしたばかりのライブサービス型アクションゲーム「CONCORD」が,たった2週間という短い期間でサービス終了した。ことは,晩夏最大のゲーム系ニュースになった。近年「DEI」や「ゲーマーゲート 2.0」,そして「ウォーク」などというキーワードがゲーマーコミュニティの間で囁かれてきたが,ゲーム業界は理想と現実の狭間で大きな転機を迎えざるを得ない状況になりつつある。


「CONCORD」という奇妙なライブゲーム


 2024年9月6日,ソニー・インタラクティブエンタテインメント(SIE)のヒーローシューター「CONCORD」(PC/PS5)が,たった2週間というあまりにも短命なライブサービスを終了させた。その経緯についてはニュース記事でも取り上げたとおりだが,Steamの動向を調査するSteam DBによると,ローンチ直後の最大同時接続者数のピークで697人,サービス終了アナウンス直前で33人しかアクセスしていなかったという。オンラインゲームという特性上,これでは対戦相手を見つけることもままならず,SIEと開発元のFirewalk Studiosにとっては大きな誤算になった。

復活の余地は残されている「CONCORD」だが,ローンチに至るまでに惨敗のフラッグはいくつもあった。なぜ見切り発進したのか疑問が残る

 いや,「誤算」とは違うかもしれない。「CONCORD」が注目されていないというのはαテストやβテストの時から明らかであり,7月に開催されたβローンチイベントでは,その初日の同時アクセス者数は2388人に留まっていた。もちろん,PlayStationプラットフォーム上でのデータは分からないので,ひょっとしたらPSユーザーの間では一定の人気になっていたのかもしれないが,βテストの状況を反映することなくローンチに踏み切ったのであれば,やはり「出してみたらやっぱりダメでした」というような程度のものだったのだろうか。現在のSIE内部で何が起こっているのか心配になってしまう。

統計学のド素人でも,ローンチ時ピーク当初からのなだらかな下降線のヤバさが理解できる

 Firewalk Studiosは,元々Bungieに所属していたメンバーたちが2016年にワシントン州シアトル近郊にあるべレビュー市で立ち上げた,ProbablyMonstersの一角にあったスタジオだ。ProbablyMonstersは,ほかのゲームスタジオとは異なり,発足当初からGoogleにおけるAlphabetのような総本山的な役割を担うインキュベーター企業で,同様にBungieの元従業員がトップに就く実質的な開発チームが,CauldronとBattle Barge,そしてFirewalk Studiosだった。
 コロナ禍においては,Activision BlizzardのMicrosoftによる巨額買収に対抗するかのように,SIEがBungieを36億ドルで買収したことは大きな話題となり,当連載でも「第713回:『ライブゲーム』を機軸に,SIEによるBungieの買収を考える」で詳しく解説している。

 ともあれ2021年になって,SIEはProbablyMonstersとのパートナーシップ提携によって,Firewalk Studiosの当時は未発表タイトルだった「CONCORD」のパブリッシング契約を結んでおり(関連記事),さらに2023年4月にはProbablyMonstersから分離させる形でSIEがFirewalk Studiosを買収。その直後の5月に開催されたPlayStationショーケースにて,「CONCORD」の制作が正式にアナウンスされた。本来であれば,ローンチ直後からショートムービーが公開されるなどライブサービスに本腰を入れる予定で,実際に発売前から10月に開始する予定だった第1シーズンについても情報が公開されていた。

 ちなみに,「CONCORD」のサービス終了に伴って,巷では「SIEが2億ドル(287億円)の開発費投資を無駄にした」と話題になっているものの,その情報の出所はよく分からない。上記のように,SIEが制作に関わったのは16か月ほどのことだが,169人という従業員を抱えるFirewalk Studiosがその短い期間でゲームの仕上げに287億円も必要だったというのはあり得ない数字だ。非公開情報であるFirewalk Studiosの買収金額が2億ドルだった可能性はあるかもしれないが,「2021年にProbablyMonstersが投資家から2億ドルを調達した」という別ニュース(外部リンク)と混同していると思われる。

ProbablyMonstersは,2021年に投資家から2億ドルの資金調達に成功している

 「CONCORD」の大失敗は,前出のニュース記事にも書いたように,やはり「オーバーウォッチ 2」や「APEX Legends」「VALORANT」といった大人気の同ジャンル作品が基本プレイ料金でカジュアルに楽しめるのにも関わらず,39.99ドルの買い切りゲームとして販売するという,強気の販売戦略を取ったことが大きいだろう。無料で楽しめるゲームのほうがコンテンツも豊富で多くのプレイヤーが集まっているのに,プレイヤーからほぼ注目されていないゲームにお金を払って移行する理由など何もない。PlayStationユーザーが移動してくると見込んだのかも知れないが,少なくともβテストの段階ではそのような動きはなく,それぞれに入り浸っていたPS版の人気ゲームに留まっていたと思われる。

 「CONCORD」の開発が始まっていたとされる8年前,つまり2016年と言えば「オーバーウォッチ」がローンチした年であり,新たな可能性を秘めた“ヒーローシューター”という路線のライブサービスに特化したゲームの企画が生まれたのは理解できる。しかし,その8年のあいだで次々と著名なゲーム企業からAAA級の作品がリリースされ,もはやレッドオーシャン化しているジャンルなのは明白なのに,なぜ新たな道を開拓すべく路線変更を行わず,そのまま“追随”することを選んだのだろうか。この飽和状態で突出するためのいかなるアイデアを持っていたのか,もしくは何もないままローンチしてしまったのか。多くの疑問が残ったままサービスは一旦の幕を閉じることになった。

5vs.5のヒーローシューターということからも,「オーバーウォッチ・クローン」と呼ばれた「CONCORD」


急速で無秩序に興ったゲーム企業のDEI化とアンチDEIの流れ


 「CONCORD」の失敗において,もう1つ話題になっているのが,“アンチDEI”とでも言うべき,ゲーム企業による政治的なスタンス強要に対して明確に批判や嫌悪を表明する声だ。「DEI」とは,「Diversity(多様性)」「Equity(公平性)」「Inclusion (包括性)」の頭文字を揃えた,元来は政府や企業の政策を示す用語であり,人種や性別,文化背景などに関わらず,さまざまな個人やグループのリプレゼンテーションの実現を目指すという,それそのものは非常に重要なマニフェストである。

 2012年に,ロサンゼルス・タイムズ紙がハリウッド映画産業の核となる映画芸術科学アカデミー(AMPAS)の会員に,マイノリティが非常に少ないという問題を提起して以降,アメリカだけでなく移民の受け入れに積極的だったヨーロッパでも大きなムーブメントとなり,それがゲーム業界にも広まっていったと考えられる。本連載の「第440回:北米ゲーム業界を揺るがす“ゲーマーゲート” 問題」では,ゲームにおける女性差別やオンラインハラスメント,フェミニズム運動に対する批判などが噴出したことに触れている。
 さらに,この数年ではActivision Blizzardのセクハラを含めた労使問題を背景に, “DEIフレンドリー”な企業体制に変革していることをアピールするメーカーが増えてきたことは「第719回:GDC 2022で見えてきた,“現実”と直面するゲームデベロッパ」で述べたとおりだ。

 そんな中,「リーダーシップに自分の価値観が伝わらなければ,マーケティング部門とお茶して大事になると脅せばいい」などと,ゲーム開発者会議で過激な指南を行っていたことも明るみに出た,ゲームエンターテインメントでの性別・差別表現の是正を行う「Sweet Baby」というコンサルタント企業の存在が,2024年に入ってからゲームコミュニティで話題になり始める。特定のゲーム企業やゲームメディアとの癒着が問題視されたことは,「第791回:“ゲーマーゲート 2.0”勃発で露わになるゲーマーとゲーム業界の乖離」で取り上げている。

 こうした,ゲーマーが必ずしもDEIを歓迎しない流れもあり,DEIを前面に押し出す企業やゲーム業界の姿勢に対して,ゲームコミュニティは背を向けるケースが見られる。「CONCORD」がテスト段階から注目されてこなかった理由の1つでもあるだろう。
 「CONCORD」はヒーローシューターであるが,運動能力が低そうな体型や,平凡過ぎるコスチュームデザインが批判を浴びた。また,キャラクターシートにプロナウン(代名詞)が書かれているだけでなく,英語では“ボディ・ポジティビティ”(Body Positivity)と表現される,体型の多様性を認めようというあからさまな意図がインタフェースからデザインまで見え隠れしており,ゲーマーの多くが「DEI的プロパガンダ」と捉えたようだ。

Sungrand Studiosという名義でYouTubeチャンネルを持つプロのキャラクターデザイナーが,「CONCORDの何が悪かったのか」を芸術的な側面から解剖していく映像。ゲーマーが魅了されない理由がモデリングから色使いまで存在すると説明している


“ゴー・ウォーク・オア・ゴー・ブローク”


 DEIを推進するパブリッシャの姿勢については,多くの人は一定の理解ができるだろう。DEIフレンドリーなスタンスをアピールすることにより,消費者や投資家からの印象を良くできるだけでなく,何より従業員にとって,より安全で平等な職場環境であることを保証できる。会社やスタジオの在り方として,DEIという社会的正義が重視されるのは当然のことだ。
 しかし,ゲーム開発者たちの安易な自己主張によって本来の目的を失ってしまっているのではないか。大手パブリッシャにおいては,DEIに配慮するあまり,冒険的なゲームデザインやストーリー,キャラクターデザインができなくなり,結果的にゲーマーから見向きされない,味気のないAAAゲームを作るようになったと感じる。
 もはやDEIという言葉そのものが,ゲーマーコミュニティからは嘲笑や軽蔑の対象になり始めているのではないかと,心配になることすらある。

 ここのところ,こうしたDEI的なプロパガンダ特性を持つゲームやその開発者たちについて,“ウォーク”(Woke)というスラングが使われていること
は,「第440回:北米ゲーム業界を揺るがす“ゲーマーゲート” 問題」でも解説しているとおりだ。もともとは100年ほど前に差別と戦ってきた黒人の民権主義者たちが,「(差別や不公平を見張るために)ずっと目を覚ましておけ」という意味を込めて使っていたモットーだが,ここ数年のうちに,過激な活動や主張を行う女性差別や社会不均等を是正する活動家たちなどを総括して呼称するスラングとしても使われるようになった。それが今では,ゲームというメディアを使って自己主張する開発者たちや,そのゲームのことを指すようにもなっている。

 2016年にリリースされた「バトルフィールド1」で,第一次世界大戦期には存在しなかった女性兵が登場したとき,憤りのコメントが多かったように思うが,「CONCORD」など近年のタイトルで見られるコメントからは,冷めた雰囲気が漂う。“ウォーク”という表現が多用され,「Go woke, or Go Broke」(目覚めて大損しろ)などと,ゲームの方向性やゲーム会社の姿勢が嘲笑されているような状況だ。
 もちろん,バックストーリーにLGBTQ+などの主張を盛り込んだ「オーバーウォッチ」や,ローンチ時のロースターで白人男性が1人しかいなかったことが批判された「APEX Legends」のように,“ウォーク”なゲームであっても大成功している例はいくらでもある。要は,オンラインゲームにおけるゲーマーたちの興味は,楽しく遊べる環境があるかどうかということなのだろう。

 「CONCORD」の失敗で我々の目の前で如実に明らかになったこと,そしてそこから大手パブリッシャが学ぶべきことは,「ゲーマーたちはどこの誰だかも知らないゲーム開発者の政治的メッセージには耳を傾けないし,そうした主張を盛り込んだゲームを支持する層は,実際にはそのゲームで遊ばないということ」だ。

 ゲーム業界のリーダーは考えてみるべきではないだろうか。なぜ,DEIについての主義主張を表に出さないタイトルがゲーマーたちから絶賛されているのかを。それは,ゲーマーたちがゲーム開発者の政治理念に共感しているのではなく,情熱をもってゲームが作られ,その内容に魅せられて,自分の金と時間の投資先を選んでいるからだ。「どんなマイノリティでも自分たちの商品に包括させる」という理想に溢れただけの方針が空回りしてしまい,結局は誰のためにもなっていないゲームを世に送り出したところで,見向きもされないのだ。

包括性で言うと,ゲーム表現で最も忘れられている最大勢力が,小太りなアジア系中年男性なのではないだろうか。DEIフレンドリーなゲームと宣伝されているわけでもなく,今回の議論とはまったく関係ないが,Raw Furyからリリースされる予定のホラーADV「Post Trauma」は応援したい

著者紹介:奥谷海人
 4Gamer海外特派員。サンフランシスコ在住のゲームジャーナリストで,本連載「奥谷海人のAccess Accepted」は,2004年の開始以来,4Gamerで最も長く続く連載記事。欧米ゲーム業界に知り合いも多く,またゲームイベントの取材などを通じて,欧米ゲーム業界の“今”をウォッチし続けている。

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